ビリーモンガー(レーサー)の両足切断の事故原因は?現在は?

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スポーツ選手

こんにちは、ももあぼです。

 

6月10日放送の「世界まる見え!テレビ特捜部」では、事故で両脚を失ったのにあきらめない17歳イケメンレーサーと家族に密着!

 

ということで、イケメンレーサー、ビリー・モンガーさんについて調べてみました。

 

ビリーモンガーWikiプロフィール!

ビリー・モンガー(Billy Monger)さんは、レーシングドライバーです。

https://www.justgiving.com/crowdfunding/BillyMonger23?utm_id=106&utm_term=rMDJ8VZre&fbclid=IwAR3MpqVWFTuA03fuJIh1NgAAFr84B6TTD0z1KidSZJwzvdGGga7q6Nma6YU

生年月日:1999年5月5日(20歳)

出生地:イギリス サリー州チャールウッド

 

家族:

父親のロブさん、母親のアマンダさん、弟のデブリンくん、妹のボニーさん

ロブさんは、ゴーカートレーサーでした。

 

所属チーム:JHRデベロップメント(JHR Developments)→ カーリン

デビューシーズン:2016年~

F4イギリス選手権に参加し、3回表彰台に上り、チャンピオンシップを12位で終えました。

こうして順調にキャリアを積み上げていた矢先、大事故は起こってしまいます。

ビリー・モンガーの事故と両足を切断した原因は?

https://www.motorsport.com/formula4/news/monger-woken-up-from-coma-after-amputations-896098/896098/

2017年4月16日、ドニントン・パーク・サーキット(Donington Park Circuit)で行われたイギリスフォーミュラ4選手権(British Formula Four Championship)第6戦の決勝レース中に大事故は起こりました。

 

ビリー・モンガー選手の親友である19歳のジェイミー・キャロライン選手は早めにスピンアウト。

ビリー選手も彼を避けて走り続けました。

 

コーナーに差し掛かったあと、前方を走るマシンで視界が遮られていたため、少し横に出た瞬間

スローダウン(静止?)していたパトリック・パスマ選手のマシンに、スピードを落とせないままアクセル全開の時速120マイル(時速192キロくらい)で衝突。

 

クラッシュ後、ビリー・モンガー選手のマシンは前方のマシンに完全にくっついた状態で、慎重に救出するために、救出まで90分以上(2時間とも)かかったそうです。

 

ビリー・モンガー選手は、ヘリで病院に運ばれ、緊急手術で両足を切断。

3日間にわたり昏睡状態で生死の境をさまよい、約1か月間の入院生活を送りました。

 

ビリー・モンガーの事故のその後は?

事故の後、ビリー・モンガー選手への支援を呼びかけるハッシュタグ #BillyWhizz やヘルメットのステッカーがF1マシンに貼られました。

 

所属チームのJHR ディベロップメントによって、ビリー・モンガー選手のための資金を集めるためクラウドファウンディングが行われました。

 

ジェイソン・バトン(Jenson Button)選手、ルイス・ハミルトン(Lewis Hamilton)選手、 マックス・フェルスタッペン(Max Verstappen)選手 、ニコ・ロズベルグ(Nico Rosberg)選手など、多くのF1選手やチームがSNSで寄付を支援を呼びかけました。

 

その結果、当初の目標であった26万ポンド(約3,600万円)は数時間のうちに達成され、最初の24時間で50万ポンド以上(約7500万円)を集めることができました。

 

そして、約85万ポンド(約1億3000万円)の支援金がビリー・モンガー選手に贈られました。

 

 

ビリーモンガー選手は、2017年5月5日の誕生日に、

「こんなにたくさんのサポートを受けたことで、早くクルマに戻ってまたレースをしようという決意が強くなったよ。それが僕のゴールなんだ」 と語りました。

 

ワールドチャンピオン、ルイス・ハミルトン選手は、2017年のイギリスグランプリにビリー・モンガー選手とその家族を招待しています。

(Twitterより)

また、2018年のメルセデスの新車発表会では、ビリー・モンガー選手をスポーツカーの助手席に乗せてシルバーストーン・サーキットを1周しています。

ビリー・モンガー現役復帰へ

事故から3か月後、ビリー・モンガー選手はレーシングサーキットで、特別に改良されたFun Cup車 (フォルクスワーゲンビートルのようなもの)を運転しました。

 

しかし、ビリー・モンガー選手が乗りたかったマシンは、事故前に乗っていた1人乗りシングルシーター。

 

F3に参戦するためには、障害のあるドライバーがシングルシーターでレースすることを規制していたため、スポーツの国際的統治機関であるフェデレーション・インターナショナル・ド・オートモービル (Federal Internationale de l’Automobile(FIA))に訴えなければなりませんでした。

 

2017年12月に規制は修正され、2018年3月にフォーミュラ3チャンピオンシップで追加の車をレースすることを許可されました。

規則は、チームはそれぞれ3台の自動車しか走らせることができませんでしたが、ビリーの場合は例外とされました。

 

ビリー・モンガー選手は、レース復帰を目指して、F3チームであるカーリンと数週間にわたってテスト走行を行いました。

(Twitterより)

2018年2月、ビリー・モンガー選手は、クラッシュ以来初めてシングルシーターレーシングカーを運転しました。

そして、3月にカーリンに所属しました。

 

ビリー・モンガーの復帰戦は?

(Twitterより)

右手側のパドルでアクセル、左手側のパドルでシフトチェンジ、片方の義足を使ってブレーキを踏むことができるよう特別に改良されたマシンで

BRDC F3選手権の開幕戦レース1に出走し、見事3位表彰台を獲得しました。

 

「復帰戦で表彰台に上がることになるよと言われても、嘘だと言い返していただろうね」とビリー・モンガー選手はコメントしています。

 

ただ、ほぼ1年走っていなかったので、レースの最初の数周は“非常に激しい恐怖を感じていた”のだそうです。

 

ベルギーのスパ・フランコルシャンでも表彰台を獲得しました。

 

ビリー・モンガーの現在は?

2019年、イギリスの放送局「Channel 4」の解説者も務めている、ビリー・モンガー選手。

(Twitterより)

また5月には、2年前にレース中の事故で両足が義足になってから初めて優勝を飾りました。

 

そして、四肢を失ったレーサー、フレデリック・ソーセ選手と協力して、2020年のル・マン24時間レースに3人の障害あるドライバーを参戦させる計画を始動させています。

 

フレデリック・ソーセ選手は、身体障がい者ながらも2016年ル・マン24時間レースLMP2クラスで完走を果たしています。

 

 

ビリー・モンガーまとめ

ビリー・モンガー選手は、カーリンのレーシングドライバーです。

 

ビリー・モーガン選手は、1999年5月5日生まれの20歳。

2017年4月16日のドニントン・パーク・サーキットで行われたイギリスフォーミュラ4選手権第6戦の決勝レース中にクラッシュし、両足を切断しました。

 

ビリー・モーガン選手のために支援の輪が広がり、約85万ポンド(約1億3000万円)の支援金が集まりました。

 

2018年に行われた復帰戦では、3位で表彰台に。

2019年5月、復帰後、初優勝を飾りました。

 

これだけ怖い思いをしたら、もうレースに戻りたくないと思ってもよさそうですが、ビリー・モーガン選手は入院中から、病院にスクリーンを用意してもらってF1のレースを見ていたそうです。

その情熱がすごいですね。

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