ディアトロフ峠事件の真相は?概要やメンバー、原因は?アンビリバボー

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こんにちは、ももあぼです。

12月6日放送の

奇跡体験!アンビリバボーでは、

謎の遭難事故・ディアトロフ峠事件についてです。

ディアトロフ峠事件の概要や

メンバー、原因とされるいろいろな説もまとめてみました。

謎の遭難事故・ディアトロフ峠事件の概要

ディアトロフ峠事件(Wiki)

ディアトロフ峠事件は、

1959年2月2日の夜、

当時のソ連領ウラル山脈北部でスノートレッキングをしていた

男女9人が不可解な死を遂げたことで知られる事件である。

事件は、ホラート・シャフイル山(マンシ語で「死の山」の意)の東斜面で起こった。

事件があった峠は一行のリーダーであったイーゴリ・ディアトロフの名前から、

ディアトロフ峠と呼ばれるようになった。

当時の調査では、一行は摂氏マイナス30度の極寒の中、

テントを内側から引き裂いて裸足で外に飛び出したとされた。

遺体には争った形跡はなかったが、2体に頭蓋骨骨折が見られ、

別の2体は肋骨を損傷、1体は舌を失っていた。

さらに何人かの犠牲者の衣服から、高い線量の放射能が検出された。

(Wikiより)

概要を見るだけでは、謎でしかありません。

自分達からテントを飛び出すようなこと…

何が彼らをそうさせたのでしょうか。

スノートレッキングメンバー

ディアトロフ峠事件(Wikiより)

スノートレッキングメンバーは、

男性8名、女性2名の10名の

ウラル科学技術学校(現・ウラル工科大学)の生徒か卒業生でした。

イーゴリ・アレクセーエヴィチ・ディアトロフ

1936年生まれで、当時23歳。

リーダーで、この事件は、彼の名前から由来している。

ヒマラヤスギからテントに戻ろうとしていた?

ジナイダ・アレクセーエヴナ・コルモゴロワ

1937年生まれで、22歳。女性。

ヒマラヤスギからテントに戻ろうとしていた?

リュドミラ・アレクサンドロヴナ・ドゥビニナ

1938年生まれで、20歳。女性。

肋骨を複雑骨折。

舌を失っていた。

アレクサンドル・セルゲーエヴィチ・コレヴァトフ

1934年生まれで当時24歳。

発見されたときには、腐敗がひどく

解剖からは何もわからなかった。

ルステム・ウラジーミロヴィチ・スロボディン

1936年生まれで当時23歳。

ヒマラヤスギからテントに戻ろうとしていた?

致命傷ではないが、頭蓋骨に亀裂。

ユーリー(ゲオルギー)・アレクセーエヴィチ・クリヴォニシチェンコ

1935年生まれで当時24歳。

ヒマラヤスギの下で見つかる。

服はほとんど着ていない。

ユーリー・ニコラエヴィチ・ドロシェンコ

1938年生まれで、当時21歳。

ヒマラヤスギの下で見つかる。

服はほとんど着ていない。

ニコライ・ウラジーミロヴィチ・チボ=ブリニョーリ

1935年生まれで、当時23歳。

頭部に致命傷となる大きな怪我。

セミョーン(アレクサンドル)・アレクサンドロヴィチ・ゾロタリョフ

1921年生まれで、当時37歳。

肋骨を複雑骨折。

ユーリー・エフィモヴィチ・ユーディン

1937年生まれで、当時21歳。

急病のため、途中で下山。

2013年4月27日没。

全員が長距離スキーや登山の経験者で、

トレッキング第2級の資格を持っていました

出発から5日後、

メンバー1人・ユーリー・エフィモヴィチ・ユーディン

体調不良により離脱を申し出たため、

9人で山頂を目指すことになりました。

ヒマラヤスギ

メンバーがテントから裸足で行ったとされる

近くの森にある大きなヒマラヤスギ。

この下で、焚火を行った形跡と、

木に登った(様子をみるため?)形跡があったそうです。

ディアトロフ峠事件の原因は?

出発から10日後の2月1日、

メンバーは、ホラート・シャフイル(ホラチャフリ)山の東斜面に

キャンプを設営し、夜を過ごそうとしました。

そこで何らかの事件?事故?が起こりました。

当時の調査では、メンバーは摂氏マイナス30度の極寒の中、

テントを内側から引き裂いて、荷物も持たず

靴下や裸足の状態で外に飛び出したとされました。

テントから遺体までは、約1.5キロも離れていたのです。

この事件の原因は

いくつもの説がありますので

いくつかをご紹介します。

原住民などによる攻撃説

先住民のマンシ人は、

非常に閉鎖的で、縄張り意識が強いとされています。

そして、彼らの地に入った地質学者を殺したという噂も。

また、メンバーの日記には

地元の部族と激しい争いがあった」という記述も。

そのため、彼らの土地に侵入した一行を

襲撃して殺害したのではないかとする憶測も流れました。

しかし、現場には一行の足跡しか残っておらず、

至近距離で争った形跡はありませんでした。

また、骨折をした遺体もありましたが

外傷はなく、広い範囲で、

非常に高い圧力を加えられたかのようであったとされています。

後の調査では、

ロシアの秘密警察による調査(拷問)を受けたましたが

なにも見つからず、

逆に「この先に入ってはいけない」と忠告したのだそう。

ソ連軍の放射能実験説

●当時12歳のユーリー・クンツェヴィチは、葬式で、彼らの肌の色が「濃い茶褐色」になっていたと回想している。

●いくつかのメンバーたちの衣類が高い線量の放射能で汚染されていた。

●事件のあった夜、事件の発生地点から南に50キロメートル離れた場所にいた別のトレッキング客の一行が、北(おそらく、ホラート・シャフイル山の方角)の夜空に奇妙なオレンジ色の光球を目撃したと報告している。

同様の“光球”は、1959年2月から3月にかけて、目撃されている。

これらは後に、R-7大陸間弾道ミサイルを発射した光であったことが、エフゲニー・ブヤノフによって証明されている。

(Wikiより)

また、発表された資料には、

メンバーの内臓器官の状態に関する情報が含まれていないことや

事件後3年間にわたって

スキー客や探検家などが事件の発生した地域へ立ち入ることを禁じたことも

気になりますよね。

これらから、ミサイルや兵器、核実験の失敗説などが囁かれました。

また、メンバーの最後のキャンプ地は、

バイコヌール宇宙基地から核実験場へ続く道の途中であったことや

テントのフィルムに「光体」が映っており、

捜索隊が付くまえに、軍の痕跡があったことから

消されたのでは?という陰謀説も飛び交いました。

さらには、UFO説やエイリアン説まで。

雪崩説

雪崩がテントに押し寄せ、

一行は、テントを切り裂いて逃げ出したという説です。

氷点下の中で湿った雪に覆われると、

15分以内に極度の疲労や低体温症による意識喪失が起こり、

生存に関わる危機を招く。

(Wikiより)

低体温症になると、錯乱すると聞いたことがあります。

遺体の服装から

ヒマラヤスギの下の2人が先に死亡 → 生きている人が服をもらう

ヒマラヤスギからテントに向かおうとした3人。

テントとは反対側に(助けを呼びに?)行こうとして、滑落した4人

と、いう感じで

経験は豊富ですが、パニック/錯乱状態だったのかもしれません。

頭蓋骨損傷や複雑骨折していた4遺体は、

ヒマラヤスギの木からさらに森に75メートル分け入った先にある渓谷の中で、

4メートルの深さの雪の下から発見されています。

舌や眼球がない遺体については

グズリ(クロアナグマ)は、遭難遺体の舌や眼球から食べる

という地元住民の証言があったと言われていますし

放射能についても

60年前の放射能検査は正しいの?という話にもなっています。

イエティ説

現地では、メンク(森の巨人)と言われ

恐れられていました。

あの日も音が聞こえた。

口笛のような、とても耳障りな音。

もっと恐ろしい、うなり声のような。

と、当時5歳の先住民は話しました。

メンクは、生の内臓や舌を好むようです。

ロシア全土での名前は、イエティ

ロシアの国家公文書館には

調査資料が残されていて、学生が書いたとされる

雪男は存在する」というメモがありました。

また、メンバーのカメラは

最初は、仲間同士の様子がほとんどでしたが、

最後は、森を写したものばかりでした。

1番最後の写真には、人間よりずいぶん大きな人影が写っていました。

イエティにテントを襲われたのでは?という説でした。

(参考:2015年世界丸見えテレビ特捜部放送より)

カルマン渦による超低周波音説

カルマン渦ができるには条件があるのですが

ディアトロフ峠事件は、その条件に当てはまると言われいます。

強い風が障害物にぶつかると空気が二股にちぎられ、障害物の後ろで気流に乱れが生じます。

この気流の乱れは、空気の渦が生まれたり消滅したりの繰り返しという形をとります。

この渦の生成消滅が音となって聞こえるのです。

つまり、空気の渦の生成と消滅の繰り返しによる圧力変動が音源となっているのです。

このような空気の渦を「カルマン渦」と呼 んでいます。

http://www.geocities.jp/akkey_ae86/lemoned/sound_lab/01.html

この音(エオルス音)が、メンクの口笛と呼ばれているのだとしたら

カルマン渦ができていたのかもしれません。

風が山にぶつかることで、カルマン渦が発生したのでは?と

言われています。

そして、カルマン渦ができることにより

超低周波音が発生。

テントがガタガタと震えだしたりしたのではないでしょうか?

低周波の影響は、個人差もあるそうですが

頭痛や吐き気、イライラ、不安感などがあるようで

酷い場合は、幻覚を見たりする人も。

そうなると、パニック状態となり

自らテントから飛び出したのでは?と考えられています。

その後は、雪崩説と同じような感じでしょうか。

まとめ

いろいろと調べてみましたが

これだけ長い間、謎の事件(事故?)と言われているだけあって

何が本当なのかわからないところが

人をひきつけるのかもしれませんね。

ソ連(ロシア)で起こったということで

すっきり解明されることは、ないんだろうなぁ。



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