蛯原友里の生い立ちは?双子の妹・英里の現在は?波乱爆笑

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こんにちは、ももあぼです。

11月18日放送の

誰だって波瀾爆笑では、

伝説のエビ売れモデル・蛯原友里!超意外スパルタど根性人生

ということで

蛯原友里さんの生い立ちについてです。

蛯原友里さんが、スパルタど根性人生だなんて想像できませんよね。

と、いうことでまとめてみました。

蛯原友里プロフィール

蛯原 友里(えびはら ゆり )さんは、ファッションモデル。

蛯原友里(Instagramより)

生年月日:1979年10月3日 (39歳)

出身地:宮崎県宮崎郡佐土原町(現宮崎市)

身長:168cm

家族:

夫はRIP SLYMEのILMARIさん。

双子の妹はチャイルド・ボディ・セラピストの蛯原英里さん。

一卵性双生児でそっくり。

蛯原友里さんの方が、どちらかといえば目が離れているのだとか。

弟さんもいらっしゃいます。

所属事務所:株式会社Kiharat

名前は、本名です。

宮崎は「蛯原」だらけなのだとか。

九州男児の厳しい父は、

ヨウ素を製造工場の工場長。

会社でスッポンを飼っていて

その卵をもらってきて

ペットとして育てたこともあるのだとか。

スパルタ父の蛯原家のルール

習い事は、一緒にはじめて、やめるときも一緒

祖母が日本舞踊の先生をしていた影響で

日舞は、高校生まで続けていたのだとか。

日課は、筋トレ。

小学校から帰宅すると毎日

腕立て、腹筋、背筋、スクワット、ダンベルを各200回、

うさぎ跳び10周

というトレーニングを課せられていて

終わってから遊びに行っていたのだそう。

特技は、水泳

小学校時代は地区大会の頂点に立ったほどの実力の持ち主です。

水泳でもスパルタだったようで

20分100mクロールを10本

2分で100mを泳ぎ切らないといけないペースです。

速く泳げると休憩がありますが

遅いと泳ぎ続けなくてはなりません。

いつも双子同士でライバル

トレーニングは厳しいけれども

妹には負けたくないので

トレーニングにプラスして

隠れてトレーニングをしていたこともあったのだそうです。

姉妹でサボることなど

父の教えではなから考えてはいなかったようで

スパルタ・スポ根教育で

ぐんぐんと水泳は上達していきました。

そして、

小6の宮崎県大会 50m平泳ぎ優勝という成績も。

小6のときには、身長160cmで運動神経抜群。

水泳だけではなく、走るのも速かったようです。

性格は負けず嫌いなのだとか。

中学の部活は、バスケットボール部に姉妹で所属。

のちの高校でもバスケットボール部で

キャプテンを務めました。

双子でも妹がモテた学生時代

双子の姉妹の性格は

蛯原友里さんが活発

妹・英里さんがおっとりだったのもあり?

学生時代は、英里さんの方がモテていたそうです。

中には、妹がふった男子から告白されたことも。

小学校の頃からも

そんなことがあったため「またか」という感想のようです。

先に告白されるのは、必ず妹。

って、なんかすごいですよね。

受験ストレスで8キロ激太り

蛯原友里(番組より)

中学受験のストレスで

1日5食ドカ食いで、8キロ太ってしまった蛯原友里さん。

朝ごはん、昼ごはん、夕ごはんの前、夕ごはん、夜食の

1日5食。

部活を辞めて運動量が少なくなってしまうのと

受験のストレスとで、この時期はしょうがないような気もしますが

以前と比べると太ったなくらいではありますが

激太りというほどではなく、普通だと思います。

チラシモデルにスカウトされた下積み時代

九州産業大学芸術学部に進学

スペースデザインを勉強しました。

福岡の女子寮で生活は

今までずっと一緒だった双子の妹・英里さんと

初めて別居した生活だったのだそうです。

妹・英里さんは看護師を目指して千葉へ。

最初は、毎日のように電話をしていたのだとか。

友達とデパートで買い物をしていたら

「あなた、目がきれいね」と

おばあちゃんに話しかけられスカウト

福岡のデパートのセール用のチラシの

ファッションモデルのアルバイト始めました。

新聞折込チラシのモデルです。

チラシモデルで過酷だったのは、

日帰りの鹿児島ロケだったそうです。

マネージャーがいないので、自分でチケット購入し

一人で現地に集合。

もちろん、ヘアメイクさんもいない為

ヘアメイクも荷物運びも1人でこなしました。

事前にどんな服があるのか知らされていなかったため

撮影用の靴を30足をスーツケースいっぱいに持って行ったのだそうです。

大学卒業後

本格的にモデル業に目覚めた蛯原友里さんは、

東京でモデル活動するために

東京のモデル事務所に自ら売り込みました。

地方のポージングと東京でのポージングが違っていたので

せめて笑顔でと思ってポージングしていたら

「笑ってればいいと思ってるでしょ」と言われ

トイレで悔し泣き。

それからは

鏡の前でポーズの練習をして研究をしていたのだとか。

具体的には、

福岡では、丁寧に指を揃えたりしていましたが

東京では、よりナチュラルにポージングするという違いがあったのだそう。

「CanCan」の初表紙に

24歳で大チャンス。

「CanCan」の初表紙を飾り

それから専属モデルとして6年間活動。

トップモデルとなります。

初表紙は、嬉しかったそうで

本屋さんやコンビニに行って、

表紙をみせるように置いたりしていたそうです。

CanCan時代、着替え100回

朝5時集合で、

メイクをして夜中までやっていたのだとか。

100コーデあると、自分で着替えて

スタイリストさんにチェックしてもらうだけだったのだとか。

それでも

「頑張ればどうにかなる」と父から教わったので

という蛯原友里さんに

ずっとたくさんの人から支持され続けている理由の

一片が見えたような気がしました。

蛯原友里さんの双子の妹の現在は?

蛯原友里(Instagramより)

現在は、チャイルド・ボディ・セラピストをされています。

また、子供服Ecragee (エクラージェ)

ディレクターをされています。

経歴

2001年、看護学校を卒業後、

新生児特定集中治療室(NICU)にて看護師として6年間勤務。

2003年、千葉県旭市のミス七夕コンテストに出場し準ミスに選ばれます。

やはり、姉妹揃ってお綺麗ですもんね。

2004年に一般男性と結婚。

その後アパレル業界「サマンサタバサ」の

子会社「株式会社バーンデストジャパンリミテッド」のプレスに転職するが、

「ママと赤ちゃんの近くで何かしたい」という想いから

ベビーマッサージについて学びます。

2012年、ena AMICE(エナ・アミーチェ) を開業し、

チャイルド・ボディ・セラピストとして活動します。

2014年8月に女の子出産。

2015年、日本チャイルドボディケア協会を設立

2018年9月に男の子を出産。

蛯原友里さんも蛯原英里さんも

いつまでもお綺麗で、

それでいて子供中心の生活をされていることに

憧れちゃいます。



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