インディラは1967年に上野動物園で脱走したゾウ!解決方法や経緯は?奇跡体験アンビリバボー

こんにちは、ももあぼです。

12月20日放送の奇跡体験アンビリバボーでは

絶体絶命!あなたならどうする? 2時間SP

と、いうことで1967年に上野動物園で起こった

ゾウの脱走事件についてです。

確かに、多くのお客さんがいる中で

興奮したゾウが柵から飛び出してしまったら

絶体絶命かもしれませんね。

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ゾウ脱走事件の概要

1967年(昭和42年)3月

アジアゾウのインディラが、同居していたジャンボとケンカをしてしまい

運動場から堀に突き落とされてしまいました。

インディラは手すりに鼻を巻き付けて体を引き上げ

入園者の観覧通路に出てしまいました。

上野動物園は、営業時間中でした。

脱走したゾウは?

インディラ

https://www.so-net.ne.jp/golden/tdatt_weekly/article/2018/201808/20180805.html

脱走したゾウの名前は、インディラ

1949年(昭和24年)にインドから贈られたのがアジアゾウのインディラです。

この名前、インドのネール初代首相の娘である

インディラ・ガンディー」からとったもので、

インディラ・ガンディーさんは、5代、8代首相を務め、後に暗殺されています。

1945年(昭和20年)に終戦、

1952年(昭和27年)のサンフランシスコ平和条約まで

日本は完全に独立していなかったというか

連合国軍の占領下だったのに

独立直後のインドにゾウを贈ってもらえたのは

それだけ関係が良かったからかもしれませんね。

戦後上野にゾウが来た経緯

実は、ネール首相からゾウが贈られたのは

台東区子供議会の「上野動物園でゾウが見たい」という強い気持ちでした。

昭和24年3月、当時3年生の男の子の

「ぼくのいもうとは、ゾウを知りません。なんとかして買ってください」

と、いう手紙と10円の為替を

上野動物園の園長当てに送っていた話が新聞に掲載されました。

終戦後、ゾウは、名古屋と京都で3頭。

京都のゾウは亡くなってしまったため、名古屋にしかいない状態でした。

「上野にゾウを」という活動はしだいに大きくなり

一時は、名古屋から借りることになったものの、

名古屋にいる2匹のゾウは

引き離すと血みどろになるまで鉄柵に頭突きをするくらい

パニックになり暴れたため、引き離すのは断念しました。

台東区子供議会は国会や東京都に陳情。

また、活動を目にしたインド商人・ニョギ氏に

手紙や絵を1500通渡したのだそうです。

ネール首相に渡された絵は

ゾウの実物を見て書いた絵ではないので

鼻が短かったり、耳が小さかったりとゾウとは言えないものでした

その絵をみてネール首相は

ゾウを贈ることを決めたと言われています。

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ゾウを柵に戻す解決方法は?

象脱走

マスコミのヘリコプターの音で

インディラが興奮した…ということでしょうか。

熊本地震の際にも

マスコミのヘリの騒音で町内放送が聞こえない

生き埋めになっている人のSOSがかき消されかねない

という問題が起こりましたね。

飼育員23人がインディラの足に鎖をかけ

引っ張ろうとするも、びくともしません。

象脱走

落合正吾(おちあい しょうご)さんは、インディラの飼育員でした。

日本にきた当初、インディラは15歳。

愛情をもって接してきた落合さんは

父親のような存在だったのかもしれませんね。

落合さんは長年ゾウの世話をしてきましたが

胃がんに侵され、肝炎も併発し自宅療養中でした。

そのころの体重は、36キロだったそうです。

頬はこけ、顔色も悪く、がんの末期というのが見て取れたそうです。

動物園の職員ですら落合さんの痩せた姿に驚き

インディラも気が付いていないようでした。

「インディラ、オレだよ」

インディラ

落合さんは、長年愛用の調教棒を手にすると、

病人とは思えない凛とした声でゾウの名前を呼んだそうです。

その声に振り向いたインディラの動きが止まり

眼がみるみる穏やかになりました。

そして、甘えた声を出し

落合さんのそばにすり寄っていきました。

インディラがゾウ舎に戻った後

落合さんは、飼育員や警察官の人に頭を下げ

「うちの娘がめいわくかけちゃって…」

と、謝ったそうです。

こうして、上野動物園のゾウの脱走事件は幕を閉じました。

インディラはあの日落合さんがやってきた時間になると、

落合さんが来た方向をみつめ、目をこらし耳をすましてじっと待つようになったそうです。

そして後輩飼育員の中井さんは、

それに気づいて「落合さんはまた来てくれるから」とインディラの鼻を撫でてやったのでした。

しかし落合さんはこの事件の8日後に、

胃がんのため54歳で亡くなりました。

混濁する意識の中で「インディラのやつ…」とつぶやいていました。

奥さんにも「僕は最後にインディラのことをみてやれた幸せ者さ」

と、言っていたそうです。

インディラが亡くなったのは、1983年8月11日。49歳でした。

その骨格標本は、国立科学博物館に展示されています。

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はな子は日本最長寿のゾウ

実は、インディラよりも先に日本に上陸していたゾウがいました。

名前は、はな子です。

「ハナコ」といえば、道徳の教科書などで

一度は話を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

戦時中に逃げ出したら危険ということで

花子が餓死させられた話はあまりにも有名です。

インディラと同時期の1949年9月に

タイから贈られたのが、2代目はな子です。

こちらも「上野にゾウを」の活動によって

マスコミ大手2社が輸入したそうです。

ちなみに名前は公募で決まったそうで

東京の人たちがどれだけ花子を愛していたのかが伝わってきますね。

当初2歳半の子ゾウであったため、神戸港から鉄道で

上野動物園にやってきました。

1954年に井の頭公園内の井の頭自然文化園に移され、

日本最長寿の象となっていましたが、

2016年5月26日に69歳で亡くなりました。

まとめ

ゾウのインディラが脱走した事件は

元飼育員の落合さんが収めました。

ゾウの寿命は60歳から70歳で、20歳ほどで成獣になる

と、いうことで日本に来た頃のインディラはまだ子供だったんですね。

また、優しく接してくれると

甘えたり挨拶をしたりするそうで

優れた記憶力と知能があり

落合さんのこともしっかり覚えていたんですね。

番組では、もう少し詳しく

インディラの姿が見れると思うと楽しみです。

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