賀曽利隆はバイクで地球40周!年齢や結婚や子供、不死身のカソリとは?笑ってコラえて



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こんにちは、ももあぼです。

2月20日の1億人の大質問!?笑ってコラえて!は

冬の2時間スペシャルということで

バイクで世界を周り地球40周分も走り続ける鉄人ライダー賀曽利隆の人生についてです。

地球40周分もバイクで走っているという賀曽利隆さんとは、どのような方なのでしょう。

地球一周4万キロ…ということは、単純に160万キロ以上ってこと!?すごすぎます。鉄人と呼ばれるのもわかりますね。

年齢はもちろん、どこをどのように走ると160万キロ走れるのか全く想像つかないのですが壮大な旅をしていらっしゃることは、確かだと思います。

気になったので調べてみました。


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賀曽利隆(かそりたかし)wikiプロフィール!年齢は?

賀曽利 隆(かそり たかし)さんは、冒険家・ツーリングジャーナリストです。

賀曽利隆(Twitterより)

生年月日:1947年9月1日(71歳)

出身地:東京都

10歳の時にオートバイの後ろに乗せてもらったことが、バイクとの出会いです。

16歳になると、バイクの免許を取得し、中古のバイクを買ったのだそうです。

初めてのツーリングは、伊豆半島一周でしたが、その時は一周できなかったのだそうです。

1965年、高校3年生の夏休み。

賀曽利さんは、友達3人と受験勉強の気晴らしにキャンプへ出かけました。

そこで見た千葉の雄大な景色に「大きいな」と感動していたら

友人に「アフリカなんてこんなもんじゃないぞ」と言われたのだそうです。

友人の前野さんの言葉を聞いた瞬間、映画や写真で見たアフリカの景色が広がったそうです。

「よし俺たち、アフリカに行こうぜ!」

1965年9月、賀曽利さん達は本気でした。

近くの喫茶店で、アフリカ大陸縦断計画を立てたのです。

4人の計画は、アフリカ南端ケープタウンから、エジプトのアレクサンドリア、そこからヨーロッパを通り、西アジアを通り日本へ帰国するというもの。

出発は3年後の春。旅の期間は1年半という予定でした。

しかし、計画を立ててみると、あまりの壮大さに2人が断念。

賀曽利さんは、大学受験に失敗。

高校卒業後は、朝は牛乳配達、夜は遅くまで印刷会社でアルバイトをして旅の資金を集めました。

一方の前野さんは、早稲田大学へ進学しアルバイトを掛け持ちして資金を貯めました。

そして、2人で200万もの資金をつくり、それぞれバイクを購入しました。


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賀曽利隆の原点!アフリカ大陸一周バイク旅

賀曽利さんが、バイクで海外に行ったのは、1968年4月12日。20歳でした。

2人は、横浜港を出発します。

出発から37日、2人が降り立ったのはケープタウンではなく、モザンビークのロウレンソ・マルケスでした。

スタート地点に設定したケープタウンは、アパルトヘイトで混乱しておりビザがおりませんでした。

荷台には、日本から持ち込んだ100キロ以上の荷物で、準備は万端でした。

カタコトの英語で2人はアフリカ大陸を北上。

未舗装の道路は、泥でタイヤが埋まり、転倒を繰り返します。

100キロ以上の荷物を引き起こすのは、2人がかりでした。

普通なら、2~3時間で済む最初の170キロに、9時間もかかったそうです。

野宿したり、村々で泊めてもらったりという、宿泊費ゼロの超貧乏旅行。

食費をギリギリまできりつめたので、いつも腹をすかせていた。

泥水をすするということもたびたびで、何度も病に倒れた。

そのたびに立ち上がれたのは、アフリカの人たちの温かな心づかいのおかげだった。

この「アフリカ一周」ですっかりアフリカのとりこになってしまった。

http://kasori.blog25.fc2.com/blog-category-39.html

最初、アフリカの人は怖いというイメージを持っていたそうですが、あちこちでアフリカの方に助けられて、そのイメージは完全に消えたのだそうです。

アフリカの人に触れ合うことで、しだいに魅せられてしまった賀曽利さん。

そして、一緒に1年間旅をした友人・前野氏は、計画通り(アフリカ南部~スペイン「アフリカ大陸縦断」)を成し遂げ帰国しましたが、賀曽利さんは旅を続け、結果的に「アフリカ大陸一周」になったのだそうです。

そのときに「こんな面白いことはない」と思ったのだそうですよ。

2年余りをかけて、アフリカ大陸を一周60,000kmを走破。

そして、1971年~1972年に世界一周で72,000km、1973年~1974年には、バイクとヒッチハイクで六大陸周遊30,000kmを成功させています。

このとき賀曽利さん、まだ20代です。

「若いうちの苦労は…」とか「小さい子には旅を…」って言いますが、既に壮大でスペクタクルな旅すぎです。


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賀曽利隆、日本人初パリダカール・ラリー参戦

(Twitterより)

1982年、賀曽利さんは“パリ → ダカールラリー”に日本人初のライダーとして参戦しました。

ダカールラリーは、1979年から開催されており、「世界一過酷なモータースポーツ競技」とも言われています。

例年1月1日(前年の12月末に始まることもある)にフランスの首都・パリからスタートし、スペインのバルセロナからアフリカ大陸に渡り、セネガルの首都・ダカールまでのおよそ12000kmを走る。

(中略)

途中ほとんど集落や救護施設のないサハラ砂漠を縦断する過酷な競技なため、出場者の5割以上がリタイアする大会も珍しくなく、時折死者や負傷者も出た。競技区間には、西サハラなど政治的に不安定な国が入っていることも「世界一過酷」と呼ばれる由縁であった。

それ故、「全ての完走者が勝者である」という言葉が出場者全員の共通の認識となっており、最終日のレースは「ビクトリーラン」と呼ばれている。

(Wikiより)

2009年からは、南米大陸で開催されています。

2019年はペルー単独で開催でオート(四輪)でトヨタが初の総合優勝を飾りました。

1982年、賀曽利さんは、風間深志さんとともに第4回パリ・ダカールラリーにおいてニ輪部門で日本人として初めて参戦しました。

賀曽利さんは、途中リタイヤ

風間さんは、インターナショナル500ccクラス6位、二輪総合18位でした。

この風間さんの三男が、風間晋之介さん。俳優でモトクロスライダーです。

そして、1987年には日本人初、バイクで「サハラ砂漠往復縦断」という偉業を達成しています。

距離にして、22,504km。かなり過酷な旅だったようですね。

今では、サハラ砂漠縦断は13回も。

賀曽利隆の現在は?10年ごとに日本1周

20代で、世界を見て回り、30代で日本を見て回った賀曽利さん。

1978年に行った「30代編日本一周」から約10年ごとに日本一周を4回行っています。

40代以降は、日本を見た目で世界を見る、世界を見た目で日本を見るという感じで駆け巡っているそうです。

そして、70歳を超えた現在もバイクに乗り続け、バイク雑誌などのライターとして活躍されています。

「70代日本一周」も1年4カ月をかけて全行程終了されているそうです。

1999年には、「世界を駆けるゾ!20代編」でJTB紀行文学大賞の奨励賞を受賞されています。

「笑ってコラえて!」で「「1999年11月7日賞」としてもらったトロフィーだそうです。

朝日新聞で記事を書いた中村謙さんは、高校時代の旧友なのだそう。

帝国ホテルでJTB紀行文学大賞の贈呈式があったのが、1999年11月11日でした。

ちなみに、奨励賞の賞金は、30万円だそうです。

また、賀曽利さんは日本の温泉地を巡り、1年で3063湯のギネス世界記録も持っているんです。

1日10湯なんて、それだけでも疲れちゃいそうです。


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鉄人ライダー賀曽利隆の妻や子供は?

賀曽利さん、日本中、世界中を旅していて家を空けることも多いと思いますが、ご結婚されているのか気になりました。

どうやら、結婚されていて、3人のお子さん(1男2女)もいらっしゃるようです。

1975年3月には結婚した。自慢にもならないが、結婚資金などは一銭もない。

で、どうしたかというと、1万円で保育園を借り、全費用が1万円という結婚式をあげたのだ。

http://kasori.blog25.fc2.com/blog-entry-128.html

結婚したのは、27歳のときでした。

奥さんの職業は、看護婦さん。

1977年6月に、奥さんと生後10カ月の赤ちゃんと一緒に、9カ月あまり、

シベリア横断→ヨーロッパ→サハラ縦断という世界の旅をしたそうです。

2番目の子供が生まれてまもなく旅立った。

女房には「悪いな、悪い、悪い‥‥」といって頭を下げ、家にあった金を全部かき集めて10万円。

「なんとしても、この10万円で日本を一周してやる!」
という覚悟で“超極貧旅”に旅立ったのだ。

http://kasori.blog25.fc2.com/blog-entry-392.html

女房には「あなたって、いつも日本一周をやっているようなものなのね」と皮肉まじりにいわれてしまいました。

http://kasori.blog25.fc2.com/blog-entry-1454.html

奥さんの立場からすると、結構壮絶ですね。

ライターの仕事とはいえ、ほとんど家に帰ってないような感じですもんね。

皮肉のひとつも言いたくなりそうなものですが

それでも愛想をつかされないのは、賀曽利さんの性格や人柄もあるかもしれませんね。

不死身のカソリ・強運のカソリとは?

賀曽利さんは、「不死身のカソリ」「強運のカソリ」などと呼ばれているようです。

世界中をバイクで旅しているのだから、命にかかわるような事件や事故にでも遭われたのかと思いましたが、結構すごかったのでまとめさせていただきます。

●エジプトの片田舎ではイスラエルのスパイ呼ばわりされ、暴徒と化した群衆に袋叩きにされる(第三次中東戦争)

●パキスタンでは28日間も下痢がつづき、「下痢死ぬ、下痢死ぬ」と呻く

●アフガニスタンのアジアハイウェイではバイクの居眠り事故で気を失って反対側車線に倒れる

●インドネシアのスンバワ島のヒッチハイクでは、トラックの荷台に乗っているときに垂れ下がった電線を顔面にひっかけ、電線があと10センチ下の首に入っていたら間違いなく死んでいたと言われる

しかし、そのたびにピンチを切り抜けてきたので“強運カソリ”とか“不死身のカソリ”といわれているのだそう。

もちろん、ぶつかって意識を失ったことや、曲がったハンドルのままバイクを運転したこともあるのだそう。

それだけではなく、身体の内側、肺腫瘍や心臓発作を起こしたにもかかわらず今もバイク旅を続けていらっしゃるところが凄いですよね。


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不死身のカソリ、賀曽利さんの肺腫瘍

1989年、「日本一周」&「世界一周」の前に「肺がん検診」に引っかかり、病院へ。

検査を受け、呼吸器内科の先生に

「かなり大きな腫瘍ができていますねえ。できるだけ早く手術したほうがいい」と言われますが

「先生、実はこれからバイクで日本一周に出るのですよ。手術はそれを終えてからということにしてもらえませんか」と頼んだのだそう。

日本一周を終え、再び病院で検査をすると、腫瘍の大きさはそのままだったので賀曽利さんは、

「先生、じつは来年はバイクで世界一周に出る予定なんです。手術はそれを終えてからでどうでしょうか」と恐る恐る聞き、承諾をもらったそうです。

そして、2000年7月から5カ月間でアメリカ~インド25,000kmを走ったのだそう。

世界一周を終え、検査をすると、また腫瘍の大きさは変わっていなかったため、定期健診で様子をみることになりました。

賀曽利さんは、定期健診をすっぽかし、8年近く手術から逃げたのだそうです。

こうして、49歳の人間ドックでひっかかり、肺腫瘍の摘出手術を行いました。

すごくラッキーだったのは肺本体の腫瘍ではなく、肺を覆う胸壁の腫瘍で、それが肺の中にめり込んでいた。ゆで玉子ぐらいの大きさの腫瘍だった。

先生には「よくこれで苦しくなかったねえ」といわれた。

さらに細胞検査の結果、悪性のものではなく良性の腫瘍だといわれた。

これで、「肺ガン」の恐怖も去った。

退院すると1日も早くバイクに乗りたい一心でリハビリに励んだ。

思いっきり息を吸って管の中の玉を浮かす器具などは、朝から晩まで1日中、吸っていた。

そのおかげで回復が抜群に早く、凹んだ肺もあっというまに元どおりになった。さすが「強運カソリ!」。

http://kasori.blog25.fc2.com/blog-entry-300.html

不死身のカソリ、賀曽利さんの心臓発作

1997年12月29日、50歳になった年、賀曽利さんは自宅で奥さんと年越しをする予定でした。

しかし、突然の心臓発作に襲われます。

一命をとりとめるものの、「あー、自分は心臓をやられてしまったんだ、もうだめだ」といった諦めの気持ちが強くあったそうです。

 そのため、突然、心臓発作に見舞われ、命を落としかけたとき、実際に体が受けたダメージ以上に、より大きなダメージを精神的に受けてしまった。

それは自分の持っていた自分自身の体への過信が見事に打ち砕かれたからにほかならない。

心臓発作に襲われてから3ヵ月あまりというもの、ほとんど何もできず、家からも出なかった。もちろんバイクに乗ることもなかった。

というより、「もう、一生、バイクには乗れないかもしれないなあ‥‥」と、そこまで弱気になっていた。

http://kasori.blog25.fc2.com/blog-entry-392.html

そんな時に舞い込んできたのが、編集者からの「1万円バイク旅」。

賀曽利さんは、引き受けるか迷いましたが、心臓発作のことは言わずに仕事を受け、そこから見事に復活します。


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鉄人ライダー賀曽利隆まとめ

賀曽利隆さんは、1947年9月1日生まれの71歳。

出身は東京都で、神奈川にご自宅があるそうです。

賀曽利さんとのツーリングは、大人気なのだそうです。

優しそうな方だし、世界のあらゆることを知っていそうで話も面白そうですもんね。

「日本人で初めて」を2回も成し遂げるなんて、やっぱりチャレンジャーな方だと思います。

結婚はされていて、お子さんも3人いらっしゃるそうです。

「不死身のカソリ」「強運のカソリ」といわれるくらい、強運の持ち主で今まで何度もあったピンチを乗り越えてこられました。

「鉄人」と言われているのも納得です。

番組では、より詳しく賀曽利さんについて知ることができると思うと楽しみです。



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