小宮孝泰(たかやす)の妻や子供は?馴れ初めや裏日記も。爆報フライデー

小宮エンタメ(TV・芸能人)

こんにちは、ももあぼです。

 

12月14日放送の

爆報THEフライデーでは

 

妻に先立たれた芸能人ということで

小宮孝泰さんと奥さんの裏日記についてです。

 

小宮孝泰プロフィール

小宮 孝泰(こみや たかやす)さんは、俳優・お笑いタレントです。

小宮

https://news.goo.ne.jp/entertainment/talent/M93-1346.html

生年月日:1956年3月11日

出身地:神奈川県小田原市

 

趣味・特技:

釣り、スキューバダイビング、狂言、落語、英会話

 

学歴:

神奈川県立小田原高等学校

明治大学卒業

 

所属事務所:オフィスPSC

 

 

1979年、明治大学の同級生だった渡辺正行さんの誘いを受け、

養成所で一級上だったラサール石井さんと3人で

お笑いトリオのコント赤信号を結成。

 

 

映画やテレビなどでも幅広く活躍されており

また、大河ドラマにも数多く出演。

 

2018年「西郷どん 」では徳川慶勝役をされていました。

 

妻・佳江さんとの馴れ初めは?

1990年夏、番組の司会とエキストラをしていたOLの佳江さんと出会い、

一目ぼれしてアタック。

交際がスタートし、翌年に結婚しました。

 

小宮孝泰さんは36歳、佳江さんは、21歳でした。

14歳年下だったそうです。

 

子供はいませんでした。

佳江さんと乳がん

2001年、佳江さんが31歳のときに乳がんが見つかりました。

 

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しかし、佳江さんは、延命治療を拒否。

がんを受け入れて生活することを選択しました。

 

小宮さんと実の母親以外には非公開にしました。

 

 

 

ガン告知後に写真を学び

猫マニアだったという佳江さんは

愛猫から町の猫に旅先の情景と、多くの写真を残していきました。

 

 

また、闘病生活をノートに記録していました。

体調が悪い時は起き上がることもできないことや、

腹痛で食事もままならないこと、

骨への転移の恐怖などがつづられていた。

 

そんな妻を小宮は思いやることができず、

妻を焼肉に連れ出してしまったり、

転移の検査を仕事の都合で先延ばしにしてしまったり、

身勝手なふるまいを重ねてしまったという。

https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/10/24/kiji/20181024s00041000188000c.html

 

そして、夫を気遣う(時には叱咤する)メモをたくさん遺しています。

 

 

2012年10月31日に、佳江さんは亡くなりました。

12年間の闘病生活で42歳でした。

 

 

小宮さんは、

「ほんと、わがままでしょ」

「今でも後ろめたい気持ちがある」

と、2018年のノンストップ!で話していました。

 

 それでも、小宮がよしえさんを大切に思う気持ちは伝わっていた。

 

骨への転移が確認された年のクリスマスには、妻から小宮にメールが届いた。

 

転移発覚後に、闘病生活に対する夫婦間の感覚の違いが解消していったことや、自分にいつも優しく、支えてくれることへの感謝がつづられていた

 

小宮は「人の気持ちや体を慮ることや、人のためにしてあげることはなかなかできない。

どうしても自分のことが大事になってしまうから。

そんなことを教えてくれたのが妻だと思う」

https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/10/24/kiji/20181024s00041000188000c.html

 

妻、佳江さんとの生活をつづったエッセイも発売されています。

 

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妻のためにできること

小宮

https://hc.nikkan-gendai.com/articles/243437

がんが発覚してから小宮孝泰さんは

妻のために何ができるか考えたのだそうです。

 

 

思いついたのは、「ヌード写真を撮ること

 

乳がん発症から1年が経つか経たないかぐらいでした。

 

素直な感じで『それいいね』という返答でした。

 

今の時代は部分摘出が可能ですが、それでも乳房の形が変わってしまうことに変わりはない。

 

これは直接、本人に聞いたわけではありませんが、女として生まれたからには……という気持ちもあると思った。

https://hc.nikkan-gendai.com/articles/243437?page=2

 

懇意のカメラマンに事情を説明し

6月の早朝に三浦海岸で撮影をしたのだそうです。

 

佳江さんも出来上がりに喜んでいたそうです。

 

 

そして、「猫が飼えるマンションに引っ越し」。

 

佳江さんは猫好きで、猫が2匹飼える家で

在宅医療と在宅死を希望していたようです。

 

 

また、幼いころは家を転々としていたため

自分の家に住むことが、ずっと夢だったのだとか。

 

 

しかし、新居に住んだのは1カ月にも満たなかったそうです。

 

がんが肝臓に転移していました。

 

肝臓に転移したということは、治る見込みが限りなく少ないということですから、この頃は彼女も自分の死を認めていました。

 

自分でカタログを見て介護ベッドを選び、そこのリビングルームに置いて寝起きした。

料理上手でしたが、衰弱していたので、残念ながら調理場に立つことはかないませんでした。

 

その代わりに冷蔵庫やキッチンに『ここは、こうやって』といったメモをいろいろ貼ってくれました。

https://hc.nikkan-gendai.com/articles/243521?page=2

 

そのメモは、現在もその場所に貼られているのだとか。

まとめ

亡くなってしまった奥さんに

もっとああしてあげれば、こうしておけば…と思うことは

 

どんなに全力で介護して

寄り添っていてもあることなのではないのかなと思いました。

 

 

爆報!THEフライデーでは

裏日記とある、佳江さんの日記にある

介護する側とされる側のすれ違いについても

放送されるようなので楽しみにしたいと思っています。

 

 

多少のすれ違いはあるにしろ

小宮さんと佳江さんは、一緒にがんと闘っていた感じがしました。

 

これからも活躍を楽しみにしています。

 

追記:裏日記の内容は?

佳江さんが生前綴った、4冊のノート。

 

2001年のがん判明をきっかけに

病状の説明や治療法を書き留めた病気メモで

2012年9月くらいまでの期間まで書かれていました。

 

2010年、がんが骨に転移したころ

ノートの内容に、小宮さんへの不満が。

 

「私に我慢させ、強要することが多い」

 

「自立できないダメ人間」

 

「”おれはやってるこんなにやってる”とまた言い出した。

そうだねと言うしかなかった。

だけど、痛くて苦しいときにたたみかけられてはたまらなくて」

 

 

佳江さんは、夫の行為を無駄にしないように我慢していました。

 

 

小宮さんは、佳江さんが亡くなった後

そのノートを書き起こしました。

 

3年以上かけて打ち込んだ文字数は、50万字以上。

 

 

はじめは不満ばかりに目が行っていましたが

佳江さんは、感謝の気持ちをつづっていました。

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