シェークスピアはアメリカの宝くじで35億当て殺害!犯人の手口や証拠は?

エンタメ(TV・芸能人)

こんにちは、ももあぼです。

5月20日放送の「ワールド極限ミステリー特別編」では、

宝くじで35億円当たった男から大金をだまし取る悪女!ということで

35億円宝くじで当てた男性と、大金をだまし取ろうとした悪女、その手口について調べてみました。

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アメリカで35億円当てたアブラハム・シェークスピア

アブラハム リー シェークスピアさんは、1966年4月24日にアメリカ・フロリダ州で生まれました。(盲目であったという記述も)

 

シェークスピアは、車も運転免許もクレジットカードも持っていませんでした。

また2度の犯罪歴があり、刑務所から出所した1995年からは母と2人で暮らしていました。

 

トラックの運転手(補佐)として時給8ドルで働き、皿洗いの仕事もしていました。

そして、つい先日、教会で洗礼を受けたところでした。

 

 

2006年11月15日、シェークスピアはフロリダ州のコンビニで宝くじを買いました。

その日、同僚のトラック運転手マイケルフォードとマイアミに向かい、仕事の途中でフロストプルーフのコンビニに立ち寄りました。

 

フォードがトラックから降り、シェースクスピアにソーダが欲しいか尋ねました。

シェークスピアは、ソーダの代わりに宝くじを2枚買うよう頼み、フォードに2ドルを払いました。

このとき買った2ドルの宝くじが、3100万ドル相当(35~36億円)のフロリダロトの当選チケットだったのです。

 

宝くじが当選し、人生が一変

宝くじが当選したシェークスピアは、税引き後の金額約1300万ドルを一括で受け取りました。

そして今まで住んでいた労働者階級エリアの家を出て、ゲート付きで治安のいいコミュニティに移りました。

そこにプール付きの100万ドルの家を建て、日産アルティマと質屋でロレックスの時計を買って、寄付もしていたそうです。

 

その他には、2人の息子へ滞っていた養育費9,000ドルを支払い、息子のための信託口座には100万ドル、母親や継父、姉妹にお金を渡し、住宅ローンを返済しました。

 

 

宝くじを直接買ったフォードは、100万ドル以上の分配金を要求しました。

シェークスピアが支払いを拒否したところ、フォードは、シェークスピアが自分の財布から宝くじを盗んだと主張したのです。

結局、裁判はシェークスピアの勝訴となりました。

 

この他にも取り巻きにお金を奪われてしまうことがあったようで

「私は破産したほうがよかった」

「私はこれらすべての人々は私の友人であると思ったが、彼らが欲しいのはお金だけだと気付いた」

と話していたそうです。

 

2009年11月9日、シェークスピアの家族(多分母)が、行方不明になったと報告し、失踪届を提出。

実は、2009年4月以降、誰もシェークスピアに会っていなかったのです。

家族や友人は、彼が大金を受け取り、カリブ海のビーチに住んでいると思っていたようです。

 

しかし、2010年1月、密告者によってシェークスピアの遺体がフロリダの裏庭にある、コンクリートスラブ(床の荷重を支える鉄筋コンクリートで造られた床)の下に埋められているのが見つかりました。

白骨化していましたが、胸には2発の銃創がありました。

シェークスピアは、42歳でした。

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逮捕されたドリスディーディームーアとは?

ディーディームーア

https://web.archive.org/web/20121010131206/http://www2.tbo.com/news/plant-city/2010/feb/19/moore-charged-killing-lottery-winner-shakespeare-ar-79608/#

 

ドリスディーディームーアは、2008年にシェークスピアの生涯について本にしたいと近寄ってきた人物です。

いきなり大金を手に入れたのはいいですが、受け取った支援やローンの管理のために、シェークスピアはムーアを雇いました。

 

そして、会社を立ち上げ、財務顧問をしていました。

出会って4カ月で、シェークスピアの全ての資産を管理していたようです。

 

2009年2月には、シェークスピアの年金口座は現金化され、ムーアの会社の口座に。

その口座もシェークスピアのアカウントではアクセスできなくなっていたのです。

 

 

ディーディームーアは、1972年7月25日生まれ。事件当時37歳でした。

1992年にジェームズムーアと結婚し、1995年に息子が生まれました。

 

しかし、2001年に保険詐欺で有罪とされ、2002年に破綻を申請していました。

犯罪歴のある女性だったようです。

 

シェークスピアと最初に出会ったとき、ムーアは交通事故に遭って車いすでしたが、その2週間後にはスキューバーセラピーで治って歩けるようになっていました。

自分を印象づけるために、車いすで登場したのでしょうか。。。

 

シェークスピアの遺体は、ムーアのボーイフレンド・シャルクラスニキの家の裏の墓地に埋められていました。

2010年2月2日、警察はでムーアを殺害の共犯者として拘留、19日に起訴しました。

 

シェークスピアが失踪して1か月後、ムーアは1回の買い物でグッチに3,700ドルを費やしました。

さらに、100万ドルを引き出していて、休暇に行く前にハマ―やシボレーコルベットなどを購入し、シェークスピアからの贈り物だと主張していました。

 

2010年1月上旬、宝くじで当選したはずのシェークスピアの口座に、ほとんどお金はありませんでした。

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ディーディームーアの偽装工作の手口は?

シェークスピアの失踪後、ディーディームーアはシェークスピアの家に住んでいました。

シェークスピアの家は、会社で買い、ムーアのものになっていました。

 

警察に事情を聞かれると、シェークスピアが彼にお金を求める人たちにうんざりしていたので、町を離れるのを助けたと話していました。

また、病気で病院に行ったとも。

 

偽装メール

そして、シェークスピアのふりをして、友人や親類にメールを送り続けました。

シェークスピアが携帯電話(音声通話)を使用したのは、2009年4月6日でした。

シェークスピアがまだ生きているかのように見せかけるよう工作したのです。

 

しかし、シェークスピアは読み書きができなかったため、メールを受け取った人たちは不審に思っていたそうです。

シェークスピアしか知らない質問の答えに、返答はありませんでした。

 

殺人をお金でもみ消す

偽装メールで、ムーアがシェイクスピアが生きているかのように見せかけようとしている間、

シェークスピアの死の責任を5万ドルで負う人物を見つけようとしました。

つまり、代わりに殺人を自白してくれる人を探していたのです。

 

さらに、シェークスピアの遺体を掘り起こして、別の場所(フロリダにあるタンパ湾)に移動させることも考えていました。

 

それだけではありません。

シェークスピアには2人の息子がいるのですが、その母親に、嘘をついてシェークスピアに最近会ったことを警察に証言したら、20万ドルの家を提供すると提案。

 

また、シェークスピアの母親にバースデーカードを送り、その署名が彼からのものであることをシェークスピアの親戚に言わせて、5,000ドルを支払いました。

 

言うことがコロコロ変わる

ムーアは、シェークスピアがどのように亡くなったかについて、様々な話をしました。

 

シェークスピアは銃で撃たれたのが致命傷だったのですが、発砲したのが麻薬の売人、弁護士、そしてムーアの14歳の息子と、こちらもコロコロ変わっていったのです。

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警察の決定的な証拠とは?

ムーアの偽装工作は、完璧のように思えました。

 

2012年12月10日に、シェークスピア殺害の裁判が行われ、そこに証人として現れたのが、グレゴリー・トッド・スミスという男でした。

 

スミスは、ムーアにシェークスピアの遺体をタンパ湾に投げ込める仕事を引き受けてくれる人を知らないか尋ねた人物です。

 

ムーアはスミスと別の男に、38口径の拳銃を与え、殺害に使ったことを話しました。

そして、シェークスピアが埋葬された場所に連れていき、らせん状のノートに絵を描いて、遺体がどこにあるか正確に示し、遺体を動かす計画を立てました。

 

その前日、ムーアは、クロロックスブリーチ(濃縮漂白剤)、ダクトテープ(粘着テープ)のロール、ライゾールキット(消毒剤)、2組の手袋、ほうき、2枚のシート、フラペチーノを購入していました。(領収書より)

 

実は、スミスは警察のために働いていて、ムーアの言葉を録音していたのです。

 

こうしてムーアは、シェークスピアの殺害で有罪となり、最低25年の仮釈放の可能性なしの禁固刑を言い渡されました。

 

グレゴリー・トッド・スミスさんは、2015年に「Unlucky Number」という本を出版しています。(英語版のみ)

シェークスピアはアメリカの宝くじで35億当て殺害!犯人の手口や証拠は?まとめ

宝くじで35億当てた、アブラハム・シェークスピアさんでしたが、お金に振り回され人生を終えました。

必ずしもいいことばかりではないんですね。。。

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