スポンサーリンク




益田祐美子は主婦から映画プロデューサーに!プロフィールや作品は?激レアさんを連れてきた

こんにちは、ももあぼです。

10月29日放送の

「激レアさんを連れてきた。

アイデア勝負で人生大逆転&大成功ゴールデンSP」

の激レアさんは、

普通の主婦だったのに

自分の娘が主演する映画を作ろうと思って大奮闘した結果、

イランの映画賞を総なめにした上にそのまま映画プロデューサーになっちゃった人。

と、いうことで益田祐美子さんについて調べてみました。

主婦からの転身で、家族の反応はどうだったのでしょう。

スポンサーリンク

益田祐美子プロフィール

益田祐美子(ますだ ゆみこ)さんは、映像・コンテンツプロデューサーです。

益田祐美子

https://jasonwinterstea.jp/blogs/interview/interview-201802

1961年生まれ。

出身地:岐阜県高山市

学歴:金城学院大学卒業

きっかけは娘のため

益田祐美子さんは、40歳の普通の主婦で

商品開発と消費者の立場に立った生活情報を紹介する記者の仕事をしていました。

倒産寸前だった出版社を立て直した実績もあります。

当時10歳の娘さんは児童劇団に所属していて、

益田さんが知らないうちに応募した映画のオーディションに合格したため

親として撮影現場(青森県)まで

ステージママとして付き添わなければならなかったのが、きっかけだそうです。

しかし、その映画が家庭の不和をテーマにした重い内容や過酷な撮影現場で

娘さんは「やりたくない」と言い出すし

益田さんも納得がいかなかったのに加え、

制作会社も資金難から映画の上映ができるかわからない状態。

だからといって、役を降りることは

映画に携わる撮影スタッフに迷惑をかけてしまう…と思い

「あなたを主演に映画を作ってあげるから

受けた仕事はやり通しなさい」と約束してしまったのだとか。

もちろん、ここまではよくある「親のその場しのぎ」ですが

娘さんは忘れていなかったようで

約束を果たすべく、動き出すところが益田さんの凄いところだと思います。

スポンサーリンク

益田祐美子、日本とイランの合同映画をつくる

益田祐美子さんは、構想を練り

日本の大手配給会社に企画を売り込みに行ったそうです。

しかし、どの会社も

原作がないからダメ

子供が主役じゃヒットしない

経験がないからダメと全く相手にされませんでした。

日本では経験がなければ映画は作れないのだと諦めかけた時

子どもが主役のイラン映画「運動靴と赤い金魚」

アカデミー賞ゴールデン外国映画賞を受賞したというニュースを思い出しました。


イランなら経験がなく無名でも映画を作れるかもしれないと、

翌週には、イランで「運動靴と赤い金魚」の映画監督である

マジッド・マジディ監督に会っていたのだそうです。

映画の契約で

日本では、監督や出演者について細かく聞かれたのに対し

マジッド・マジディ監督に紹介された

カマル・タブリーズィー監督は「どういうお話?」と聞くだけで

納得すれば、その場で仮契約、手付金まで下りました。

事前に弁護士のチェックを受け

合意した契約内容でしたが

「ワールドセールスは日本側にある」という文言が

「ワールドセールスはイラン側にある」と書き換えられたものを

見落としてサインしてしまった、益田祐美子さん。

どうやら、イラン側にすり替えられたようでした。

このままでは、出来上がった映画はイランのものになってしまいます。

翌週イランに行き、製作会社に強く抗議したそうです。

しかし

「契約したのは、あなたでしょ」

「契約書を作り直してあげるから、いくら払える?」

益田さんは、映画を作るために3000万円あった貯金をすべて使いました。

車も売ったし、マイホームも担保にお金を借りました。

そう思ったら、怒りが湧いてきて

その場で契約書をずたずたに破り始めたのだそうです。

もちろんイラン側は

「どうして契約書を破るんだ」と問い詰めますが

「契約書が紙で出来ているから。鉄だと破れない」と

涙ながらに切り返す益田さんの覚悟を感じてか

しぶしぶ契約書を作り直してくれることになったのだそうです。

今思えば、本当に素人だった…と益田さんは振り返ります。

映画「風の絨毯」

『風の絨毯』は、ペルシャ絨毯を通じ、

文化の異なる2つの国の人と人とのつながりを描いた日本・イラン合作映画です。

ただ、演出を担当した著名なイラン人監督は

撮影現場でのアドリブが多いため、

最初に決めた脚本通りに進むことがなく、

資金面や撮影スケジュールなど、予定が全然立たずに苦労したそうです。

せっかく日本でエキストラを集めても

撮影自体がなくなってしまうこともあったのだとか。

その甲斐あってか『風の絨毯』は、

2002年の「東京国際映画祭」に正式出品され、

中東最大の映画祭「ファジール国際映画祭」にてベスト観客賞を含む三賞を受賞しました。

スポンサーリンク

益田祐美子の娘は「風の絨毯」の主演なの?夫は反対しなかった?

そもそもは、娘さんの主演の映画を作りたかった益田さん。

しかし、旦那さんからは

「映画は危険だ。家を取られるかもしれないし、家庭が崩壊する」

と、ずっと言われてきたそうです。

確かに、旦那さんの気持ちもわかります。

この映画の予算は、どんどん増えて1億5000万円

一般家庭の借金にしては、途方もなく多すぎる金額です。

もちろん主演は、娘さんなのかと思いきや

主演は、柳生美結(現在は、柳生みゆ)さんでした。

娘さんは、オーディションの最終審査直前に、棄権していました。

「オーディションは棄権する。

この映画はママがプロデューサーでしょう。

もし私が主役に選ばれたら、贔屓されたって思われる。

落ちたら落ちたで、ママも私もいやな思いをする。

だから、ママも審査に加わっていい子を選んでほしい。

私は裏方で手伝うから、いい映画にして絶対にヒットさせて。」

http://newstokyo.jp/index.php?id=451

娘さんのこの言葉を聞いて、

今まで大反対していた旦那さんがサポートしてくれるようになったのだそうです。

「風の絨毯」に出演していた、故・三國連太郎氏は

「益田さんはすごい。何がすごいって、だんながすごい(笑)、感謝しなさい」と。

そして、娘さんには

「ママにはいろんな人が協力してくれるけど、

ママには何にも能力がないから、

能力がある人が自分が助けてあげなきゃいけないと思って助けてくれるんだから、

そのことを忘れちゃだめだよ」と、言われたのだそう。

本当にしっかりしている娘さんですね。

映画プロデューサーとして

東京国際映画祭で公開した時に「映画づくりは大変だからもうやめます」と

三國さんに伝えると、

「君は娘との約束で映画をつくったのかもしれないけど、

せっかくできた人脈を大きく広げて深くしていくためには、

もう1本、3本はつくってみたらどうか」

http://newstokyo.jp/index.php?id=451

「せっかくの人脈や経験を、あなたの財産にしないと」

と、提案されたのだそうです。

平成職人の挑戦

2作目は「平成職人の挑戦」は、

飛騨・高山の祭り屋台の復元にかける職人の生きざまを描いたドキュメンタリー。

この映画も当初は、

職人の映画なんて誰が見るんだ

興行的に大失敗するからやめなさい、と言われたそうです。

しかし、映画は

文化庁の優秀映画賞を受賞し、文科省の特別選定に選ばれました。

益田さんは、

映画にしてもドキュメンタリーにしても、

つくる「目的」がしっかりあれば、人は見捨てない・認めてくれる

ということを学んだそうです。

また

「私が語り部として映像で後世に残すことが使命だ」と思うようになったそうです。

益田祐美子さんの現在は?

“夢は大きく、志は高く、仕事は楽しく”がモットーの

「平成プロジェクト」代表取締役をされています。

60歳までは映画を作り続け、その後は、故郷の飛騨高山で

農業をしたり、地域のために働きたいという益田さん。

かわいらしい外見であるにもかかわらず

とってもパワフルですね。

スポンサーリンク

益田祐美子作品一覧

2003年 日本イラン合作 劇映画「風の絨毯」カマル・タブリーズィー監督

2005年 ドキュメンタリー映画「平成職人の挑戦」乾弘明監督

2007年 ドキュメンタリー映画「蘇る玉虫厨子」乾弘明監督

2009年 劇映画「築城せよ!」古波津陽監督

2011年 日韓合作ドキュメンタリー映画「海峡をつなぐ光」乾弘明監督

2013年 日韓合作ドキュメンタリー映画「李藝」

2014年 劇映画「瀬戸内海賊物語」

2015年 劇映画「シネマの天使」

2016年 ドキュメンタリー映画「サンマとカタール」

ドキュメンタリー映画「ハイヒール革命!」

2018年 「一陽来復」

益田祐美子 2018年作品 一陽来復

一陽来復とは「冬が去り、春が来ること」。

悪いことが続いたあと、ようやく物事がよい方に向かうことを意味します。

2011年3月11日の東日本大震災から7年あまり。

震災の衝撃と悲しみは世界中の人々に伝播しましたが、

その後生まれた沢山の小さな希望や幸せを伝えたいという一心で東北各地に通い、

取材を続けました。

https://jasonwinterstea.jp/blogs/interview/interview-201802

「文部科学省特別選定」

「映画倫理機構年少者映画審議会推薦作品」

にも選ばれました。

益田祐美子まとめ

益田祐美子さんは、普通の主婦から映画プロデューサーになりました。

まぁ普通の主婦は、3000万円の株など持っていませんが。

でも、娘さんとの約束を守るために映画を作るなんて

その資金力はもちろんなのですが、行動力にも驚かされます。

「激レアさん」では、どのように益田祐美子さんが紹介されるのか

楽しみに見たいと思います。

広告336




広告336




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

広告336