松本山雅J2優勝!J1昇格へ。強さの秘密や近年の成績は?2018年の軌跡・結果も。

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松本山雅 スポーツ選手

こんにちは、ももあぼです。

J2は最終節11試合が一斉に行われ、首位で迎えた松本山雅が優勝を決めた。

 

2位となった大分トリニータとともにJ1自動昇格となった。

3位で最終節を迎えていたJ1ライセンスを持たない町田ゼルビアは、

東京ヴェルディに1-1で引き分け、

横浜FCに得失点差で抜かれて4位でフィニッシュ。

 

2位以内に入れなかったことでJ1からの自動降格は2となり、

V・ファーレン長崎のJ2降格が決まった。

 

前節を終えて勝ち点76だった松本山雅は

徳島ヴォルティスと0-0で引き分けた。

 

勝ち点差1で2位だった大分トリニータは

モンテディオ山形を相手に先制するも追いつかれる形で

1-1となり、差は変わらなかった。

https://www.nikkansports.com/soccer/news/201811170000525.html

 

 

1. 勝ち点77(+20) 松本山雅FC

2. 勝ち点76(+25) 大分トリニータ

3. 勝ち点76(+19) 横浜FC

4. 勝ち点76(+18) FC町田ゼルビア

5. 勝ち点71(+17) 大宮アルディージャ

6. 勝ち点71(+15) 東京ヴェルディ

7. 勝ち点70(+16) アビスパ福岡

https://www.footballchannel.jp/2018/11/17/post297598/

 

会場は、サンプロ アルウィン。

10月1日から名前が変わった、松本山雅FCのホームです。

 

松本山雅FCの順位の推移

松本山雅

https://www.nikkansports.com/soccer/news/201811170000525.html

 

開幕6試合勝利がなかったものの

そこからどんどんと順位を上げていった松本山雅。

 

15節の福岡戦に勝利。

22節(新潟)から28節(讃岐)までは5連勝し

今回のJ2優勝にいたります。

 

松本山雅の近年の成績

2011年:JFL 4位になり J2へ

2012年:J2 12位

2013年:J2 7位

 

2014年:J2 2位になり J1へ

2015年:J1 17位になりJ2へ降格

2016年:J2  3位 プレーオフ敗退

 

2017年:J2 8位

2018年:J2 優勝で、来年から4年ぶりJ1へ

 

42試合 21勝 14分 7負 勝ち点77 という結果でした。

 

 

松本山雅・反町監督と橋本選手の試合直後のインタビュー

反町監督

「本当は、勝って優勝したかったんですが

これが我々の実力です。

 

ただ、今日の試合みたいに粘り強くボールに対する執着心であるとか

走力であるとか、切り替えの速さであるとか

そういうところは、優勝に値するチームであると思います。」

 

橋内優也選手

「最高でーす!

この素晴らしいサポーター共に

なんとか来年、厳しい戦いになるとは思いますが

J1に残れるように全員で頑張っていきましょう。」

 

松本山雅の強さの秘密は?

順位を振り返ってみると

今回、松本は勝ち点77だったのですが

2位~4位までの3チームが、勝ち点76で並ぶ戦いでした。

 

最後、アディショナルタイムで山形がシュートを決めるまでは

大分トリニータが1位だったのです。

リーグ最少失点

失点数は、34/42試合。

1試合当たりだと、0.8失点となります。

 

ちなみに、無失点試合は、22試合もあります。

 

これは、2番目に失点数が少ない東京ヴェルディは、41失点。

順位で2位の大分トリニータは、51失点ですので

固い守備であったといえるのではないでしょうか。

 

 

最小敗数・最多引き分け

敗戦数は、7試合。

これは、リーグで、一番少ないです。

 

そして、引き分けは、14試合。

これは、リーグだと3チームが14引き分けなのですが

 

引き分けでも、獲得勝点は、1点もらえるので

いかに負け(0点)を引き分け(1点)にするかが

「負けない戦い方」となり、優勝に繋がったのではないかと思います。

 

2018年松本山雅の軌跡

1月に行われた新加入選手会見では

新潟から移籍した、GKの守田達弥選手

名古屋から移籍したFW永井龍選手をはじめ13人が加入しました。

 

永井選手は、昨シーズン、名古屋グランパスでJ1昇格を経験したものの

松本山雅に移籍しました。

 

その理由は、

自身のプレーに納得いかず回ってきたシャーレには触らなかったのだそう。

「このままみんなと一緒にJ1に行けない」という気持ちがあったそうです。

 

今年は納得いくプレーをして、シャーレを掲げたいと思っていたのだそうです。

 

 

1月下旬から静岡県や鹿児島県でキャンプ。

集合5分前には集まる、用具をスタッフに持ってこさせないなど

規律を徹底に努めました。

 

 

恒例の走力テストでは、水戸から復帰した

FW前田大然選手がトップを記録し、存在をアピールしました。

 

 

レギュラーは全員白紙の状態でした。

 

苦しんだ序盤戦

 

開幕戦は、横浜FCとの対戦でした。

新加入の6人が、先発になりました。

 

今シーズンのキャプテンを務めたのが、加入2年目の橋内選手。

試合前のミーティングで反町監督から指名されたそうです。

 

しかし、試合は相手の堅い守備を崩せず0対0で引き分けました。

 

山雅はこのあとも、なかなか波に乗れません。

 

第3節の東京ヴェルディ戦では

永井が初ゴールを決めるも1対2で逆転負け。

 

勝率は、2敗3分と出遅れます。

 

第6節、レノファ山口FC戦では

後半28分までに2点を取り試合を有利に進めますが

アディショナルタイムに追いつかれ、引き分けに。

 

この時点で、勝ちがなく20位になっていました。

 

 

開幕から県外での試合が続き、ようやく迎えたホーム戦。

第7節は、J1から降格してきた大宮アルディージャとの対戦です。

 

ホームの声援をうけ、3対2で逃げ切り、ようやく勝利を掴みました。

 

 

キャプテンの橋内選手は

負けてもポジティブな言葉をかけ続け、ブレはなかったと永井選手は言っていましたが

 

橋内選手は、内心はかなりネガティブだったのだとか。

 

中盤戦の快進撃

第12節水戸ホーリーホック戦では

期待の前田大然選手が初ゴールを決め2対0。

 

初勝利からの12試合では、わずか1敗と息を吹き返し5位まで順位を上げます。

 

 

第19節では、3位の大分トリニータとの上位対決。

岩間雄大選手が、相手を倒し一発退場になってしまいます。

 

少ない人数で善戦したものの、1対4と負けてしまいました。

 

 

第20節、ジェフユナイテッド千葉では4対2と快勝し

ここから3連勝。首位に浮上します。

 

 

その後も首位をキープして迎えた7月の

第25節、大宮アルディージャ戦では

前半に中美慶哉選手が退場し、またも少ない人数で戦います。

 

しかし、後半に2点決めた山雅は、2対1で逆転勝利します。

反町監督の「ゲーム戦術」が生きた試合でもありました。

 

 

反町監督は、相手をどれだけ分析するかで

試合の結果が変わるというのが持論で

 

他チームから移籍してきた永井さんは

「PKでどこ蹴るか全部わかってた」と言われたそうで

実際当たっていたのだそうです。

 

一進一退の最終戦

第29節、FC町田ゼルビア戦では、0対1で敗れると

第30節、横浜FC戦では、相手が退場者を出して数的有利だったにもかかわらず

1対3と敗れてしまいます。

 

 

今シーズン初の連敗で2位に後退してしまいます。

 

第31節、水戸ホーリーホック戦では

地元松本市出身の田中隼磨選手を4カ月ぶりに先発起用します。

 

後半、田中選手がゴールを決めて同点に追いつき、

1対1でなんとか引き分けを止めました。

 

 

第32節、アビスパ福岡戦

後半アディショナルタイムでのシュートで勝利。

 

その後も勝利を重ね、首位を奪い返します。

 

 

第39節、2位大分トリニータとのアウェイでの首位決戦です。

結果は、0対1で2位に後退します。

 

 

第41節、栃木SC戦は、負けると3位以下に落ちてしまいます。

再び田中選手のシュートで、1対0で勝利します。

 

最終戦の徳島ヴォルティス戦は、ホーム・アルウィンで。

1万9000人の大声援のもと、J2初優勝とJ1再昇格を成し遂げました。

 

 

優勝が決まった後、反町監督が永井選手を探してシャーレを渡す場面も。

松本市で行われたパレードには、5万人が詰めかけ

国宝松本城でイベントが開かれました。

 

J1での活躍が楽しみですね。

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