松島トモ子はライオンとヒョウにかまれた?年齢や現在、母の介護は?

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松島トモコ 爆報フライデー

こんにちは、ももあぼです。

 

5月31日放送の爆報THEフライデーは、この4年間テレビにほとんど姿を見せていなかった女優・松島トモ子今夜、世間にずっとひた隠しにしてきた衝撃の事実を激白!

 

ということで、松島トモ子さんに起こった「衝撃の事実」について調べてみました。

どうやら、母親の介護をされているようですね。

松島トモ子さんのプロフィールや現在、お母さんの介護や病名などもまとめてみました。

松島トモ子Wikiプロフィール!年齢は?

松島トモ子(まつしま ともこ)さんは、女優・歌手・タレントです。

松島トモコ(Twitterより)

本名:松島 奉子(まつしま ともこ)

本名の奉子は、生誕地の奉天より

 

生年月日:1945年7月10日(73歳)

出身地:満州国奉天(現・中国東北部瀋陽)生まれ。東京都目黒区育ち。

 

趣味:読書、絵画、映画、スキューバダイビング

特技:タップダンス、モダンダンス、車イスダンス、英語での司会

 

学歴:目黒区立東根小学校 → 大東学園高等学校卒業。

 

日本芸術専門学校の特別講師も務められていました。

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経歴

生後まもなく満州国からの引き揚げを体験。

 

3歳から石井漠さん(紫綬褒章第1号授章)の経営する、自由が丘の石井漠舞踊研究所に入門。バレエを始めます。

映画館の劇場ニュースにて、石井漠門下の子どもたちが「小さな豆バレリーナ」としてとりあげられたところを阪東妻三郎さんがスカウトしたのだとか。

 

1949年、4歳で芸能界デビュー。(マネージャーは実母)

人気子役として三益愛子さんとの母もの「丹下左膳」や嵐寛寿郎さんの「鞍馬天狗」、「サザエさん」でのワカメ役など、約80本の映画に出演。

(Twitterより)

こちら、ワカメちゃん役の松島さん。

サザエさんの映画は、1956年~57年に4作品も映画になっていて、かなり人気だったんですね。

タイトルも、「サザエさんの青春」「サザエさんの婚約旅行」と、かなり気になります。

 

 

少女雑誌「少女」では、表紙を10年間(6年間は1人で?)務めました。

 

1953年、日本コロムビアより「村の駅長さん」でデビュー。

童謡、ポピュラー、歌謡曲のレコードを出すなど歌手としても活躍し、映画主題歌や挿入歌も歌っています。

 

 

大東学園高等学校卒業後、19歳でミュージカルを勉強するため渡米。

ニューヨークのザ・マスターズ・ハイスクールに2年間留学し、マーサ・グラハム(モダン・ダンス)のダンス・スクールから奨学金をもらい研修し、帰国。

留学日記「ニューヨークひとりぼっち」がベストセラーに。

 

帰国後は、ミュージカルを中心に、ラジオ、テレビのパーソナリティ、石垣食品のミネラル麦茶のCM、「ひょっこりひょうたん島」の声優など、各方面で活躍。

 

最近では、映画「テルマエ・ロマエⅡ」(2014年)の峰子役(草津湯もみショーの女)として出演されていました。

https://www.cinematoday.jp/page/A0004115

松島トモ子はライオンとヒョウにかまれた女優?

(Twitterより)

1986年、日本テレビのドキュメント番組「TIME21」の撮影でケニアを訪れた際、10日の間にライオンとヒョウに立て続けに2度襲われ、帰国後にギブス姿で記者会見して話題になりました。

 

ジョージ・アダムスンさん(当時81歳)が野生のライオンと暮らしている姿をリポートする仕事。

1月28日、餌付けされ人に慣れた7頭のライオンがいる中、ジョージと一緒に車を降り、ジョージが目を離したすきに襲われたそうです。

首や太腿に全治10日の怪我を負ったそうです。

 

翌日、治療を施し、再びキャンプへ。

 

万全の態勢でロケに挑みましたが、10日後の2月7日、周りを高い柵で囲われた安全地帯にいたにもかかわらず、4メートル50センチのフェンスを乗り越えて、ヒョウが侵入。

ヒョウは、迂闊にも目を合わせてしまった松島トモ子さんに体当たりで襲いかかったそうです。

 

奇襲を受けて、倒された松島さんはそのまま首を噛み付かれたそうです。

このとき骨がガリガリとかじられる音が聞こえ、「死んだ」と思ったそうです。

 

ヒョウに首を噛まれてぶら下げられていたそうで、完全に獲物扱い。

首の骨は折れてグラグラに。血も噴水のように噴き出したのだとか。

 

ヒョウはカメラマン?さんが追い払ったそうですが、そのとき、ディレクターに「トモ子ちゃん、セデス(頭痛薬・鎮痛剤)飲む?」と聞かれたそうです。そんな場合ではありませんよね。。。

 

救助隊に救急ヘリを要求しましたが、夜間の飛行は危険であるとして拒否され、朝まで止血しながら耐える羽目になったのだそうです。

診断は、第四頚椎粉砕骨折。

ヒョウの噛む位置があと1ミリずれていたら間違いなく噛み殺されていたとのこと。

 

第四頚椎粉砕骨折は、後遺症も無く生還するのが奇跡と言われており(高確率で死亡)、松島トモ子さんの症例はニューヨークの学会で発表されたほどです。

 

2月17日に帰国、コルセットをつけて記者会見。

3月31日に「それでも私はライオンが好き」と題して「TIME21」で放送されました。

 

安全管理が杜撰というか…松島トモ子さんのプロ根性がすごいというか…今より大らかな時代だったんですかね。

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松島トモ子の現在は母の介護生活?

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20190122-OYTET50041/

2016年の春、当時95歳の松島トモ子さんの母・志奈枝さん(98歳)に、認知症の症状が現れたそうです。

 

発症する2か月前、転んで骨折した手首に巻いたギプスを、何度もはさみで切って外してしまい、そのたびに病院で再装着してもらったそうです。

そこで家中のはさみを隠したところ、包丁でギプスを切ろうとしたことがあったそうです。

 

また、95歳の誕生会では、いつも気遣いのある母・志奈枝さんが、お客様の話に無関心のように黙々と食べ続けていたことに異変を感じた松島トモ子さんが、話しかけたときに突然失禁。

 

その日から、乱暴な言葉を吐いたり、物を投げつけたりするようになったため、介護認定調査を受け、認知症で要介護1(現在は要介護4)の認定を受けたそうです。

 

2016年冬に、レビー小体型認知症と診断され、治療が始まりました。

 

松島トモ子さんは、尊敬する母の変化を受け入れることができず、あまりに違う人になったのが怖くなってしまったそうです。

 

真夜中の徘徊も始まり、外出着で寝るという生活。

40キロあった体重は、34キロにまで減ってしまったそうです。

 

そして、松島トモ子さんはストレスのため過呼吸で病院に搬送され、パニック障害と診断されてしまいます。

 

母の介護と自分の病気で、仕事も1年くらい休んだのだそうです。

 

現在は、講演活動に加えて、春と秋の年2回、成城ホールで恒例のコンサートを開いているそうです。

その公演には、毎回志奈枝さんが見に来てくれるのだそうです。

松島さんも、介護している方にも舞台を見て、勇気を受け取ってもらえたら幸せと、話していました。

 

松島トモ子の母・松島志奈枝さんとは?

では、松島トモ子さんの母・志奈枝さんとはどのような方なのでしょう。

 

松島トモ子さん曰く、「母は本物のお嬢様なんです」

大きなお屋敷で育ち、18才のときに香港のペニンシュラ・ホテルで社交界デビュー。

家にいるときも朝、昼、晩と着替え、いつもおしゃれでキチンとしていたそうです。

 

三井物産のタイのハジャイ出張所所長・健さんと結婚しましたが、召集され、一緒にいたのは半年もなかったそうです。

 

健さんの生死がわからないまま、生まれたばかりの松島トモ子さんを背負い、満州からの引き上げ。

健さんは、ナホトカ郊外の収容所で1945年10月に亡くなっていたそうです。

 

松島トモ子さんが芸能界デビューしてからは、マネージャー、プロデューサーとして支え続けており、志奈枝さんのファンという方もいたそうです。

 

松島トモコさんのお若い時も、かなりおキレイなので、志奈枝さんもかなりの美人さんだと思われ、社交界の華だったのではないでしょうか。

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松島トモ子まとめ

松島トモ子さんは、歌手、女優です。

1945年7月10日生まれの73歳。

出身地は、満州国奉天(現・中国東北部瀋陽)です。

 

幼いころから天才子役として活躍し、そのマネージャーは母親がしていたそうです。

今回は、母・志奈枝さんが認知症になり、介護をしていることについて放送されるようです。

 

ライオンやヒョウに襲われたこともあるなんて、すごい経験もされているんですね。。。

放送を楽しみにしています。

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