中川浩は科学の教室編集長!最初のふろく、今買える?奇跡体験アンビリバボー

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テレビ

こんにちは、ももあぼです。

 

4月25日放送の「奇跡体験アンビリバボー」では

雑誌「科学の教室」の中川浩編集長に注目します。

 

中川浩編集長は、「科学の教室」の編集長になる前は、200万部発行の月刊誌「学習」の編集長だったのだそうです。

 

そんな中川浩編集長が、廃刊寸前だった「科学の教室」をどのように大ヒットさせたのか、気になったのでまとめてみました。

 

※正式には「〇年の学習」「〇年の科学」ですが、「学習」「科学」と表記させていただきます。

中川浩Wikiプロフィール!

中川浩(なかがわ ひろし)さんは、学研の編集長です。

 

 

生年月日や出身地など、詳しいことはわかりませんでした。

 

子供は、3人の男の子(長男は理作、次男は研作)がいるということなので、結婚はされていたのだと思います。

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中川浩が「科学の教室」編集部に赴任

出版業界には、「科学もの」は売れないというジンクスがありました。

現に、「○年の科学」の前身である「たのしい科学」は3ヶ月で廃刊。

 

そんな時、社長の鶴の一声で、中川浩さんに任せてみようということになったのだそうです。

当時中川浩さんは、学研の稼ぎ頭である「学習」の3年4年の統括編集長でした。

 

中川さんの仕事ぶりが信頼されていたんですね。

 

しかし、中川さんにしてみれば、売れない科学誌編集への転属は、ただの左遷としか思えないでしょう。

上司の説明も納得いくものではなく、不安もあったかもしれません。

 

 

赴任当日、「科学の教室」に目を通した中川さんは、編集者全員を集めました。

そして、雑誌を机に叩きつけ「まったく面白くない!」「これは雑誌ではない」と言い放ったのです。

これまでのやり方を全否定し、編集者の中には不満を抱く者もいたそうです。

 

中川浩編集長の改革 学年別へ

1960年創刊の「科学の教室」は、上級・中級・初級(高学年・中学年・低学年)の3誌。

 

しかし、1年生と2年生とを比べてみても、使える漢字や読解力、考える力にも差があるため、それぞれの学年での発行することにしました。

 

売れ行きが不調の雑誌をさらに2つに分ける(初級→1年、2年)こと、

分けることで売り行き好調の「学習」の部数が減ってしまう懸念もあって、大反対!

 

けれども中川さんは、「学習」と「科学」では方針が違うこと、

「学習」読者の中の科学に興味のある子どもに、上乗せして買ってもらえる商品であることを訴えて、強引に1962年4月号から6誌体制で発行しました。

 

中川浩のふろくの問題点

中川さんは、自分の幼少期を思い出し、科学の実験や観察なしに、面白さや不思議さ、感動を伝えることはできない!と思い立ちました。

 

「科学や理科を子どもたちに学ばせるのに本だけでいいのか。やっぱり実験だろう。

そのためには実験キットが必要だ。”ふろく”をつけよう」

 

しかし、当時の編集者は大反対。

「自分たちは、本を作るために学研に入ったんだ」

「オモチャをつくるために学研に入ったのではない」

「だいたい、そのノウハウがどこにあるんだ」

そのため中川さんは、孤軍奮闘することに。

 

さらに、問題点は2つ。

●原価の中で、どの程度のふろくがつけられるのか

●ふろくをどのようにして届けるのか

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ふろくの原価はどうするの?

当時の「科学の教室」は定価120円。

 

本誌とふろくにかけられる原価は70円。

どんなに頑張っても、本誌は40円、ふろくが30円。

30円で子供が喜んで、先生や親が感心してくれるふろくは作れるのか?

 

そんなとき、庭で子供たちが、虫メガネを使って太陽光を集め、紙に火をつけようとしていました。

早速、子供たちに駄菓子屋に連れて行ってもらい、都内の駄菓子屋の問屋街を回りました。

 

そのうちに、業者やメーカーと顔なじみになり、話し合ううち、ふろくは実現できると確信したそうです。

 

ふろくをどう運ぶの?

当時、雑誌は国鉄(現JR)によって特別割引運賃で全国に運ばれていましたが、大きさや重さなどに様々な制約がありました。

 

そのため、国鉄に代わる輸送手段を考えなくてはなりませんでした。

トラック運輸は始まったばかりで、今のように輸送網が発達しておらず、国鉄よりも高くつくと思われていました。

 

そこで中川さんは発送関連部門の小林さんに相談します。

実は小林さんも「学習」の売り上げ増加で、今までの輸送手段を考え直さなくてはならないと考えていたところだったそうです。

 

小林さんは、トラック便の輸送を前提とした輸送システムの構築することを決断します。

 

そして、学校で教師の手により販売配布することが決定しました。

 

中川さんと様々な壁を乗り越えるごとに、編集者との信頼関係は強くなっていったのだそうです。

 

 

1972年からは、学研コンパニオンと呼ばれる、家庭および学校への訪問を主軸とする販売員制度に移行。

70年代中盤ごろまでは学校で販売員が販売していることも多かったそうです。

販売員は通称「学研のおばちゃん」とも呼ばれていました。

 

中川浩の最初の科学のふろくは?

1963年、ふろくがつく「科学」が「科学の教室」から改題され発行されました。

https://www.gakken.co.jp/kagakusouken/material/50years_contents.html

 

1年生は、「てんきしらべ すたんぷ せっと」

2年生は、「風しらべ ジェットき」

3年生は、「水さいばいセット」

4年生は、「ポンプセット」

5年生は、「解ぼう器」

6年生は、「金属鉱物・岩石標本セット」

 

発行部数は各学年2万部。

しかし、月刊誌にも関わらず、増刷も決定するほどの売れ行きでした。

 

発行部数は、3か月後に2倍、5か月後に3倍、そして、11月には各紙10万部(を突破しました。

そして、1966年1月には、6学年で230万部を突破しました。

1979年は、第二次ベビーブームにより団塊の世代が入学した時期と重なり、「学習」「科学」合わせて670万部を記録しました。

 

楽しそうなふろくですね。

この原価が30円…中川さん、編集者の方々の努力がうかがえますね。

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学研の学習・科学の現在は?

大人になって、また読んでみたい!とも思いましたが

学習は2009年冬号、科学は2010年3月号をもって休刊しています。

 

惜しむ声が多いのか、2003年から学研(2009年以降は学研教育出版)から「大人の科学マガジン」が発行されています。

現在は、3、6、9、12月の年4回発行されているようです。

 

科学にふろくをつけた中川浩編集長まとめ

「学習」と「科学」は、学研教育出版社から発行されている、月間学習雑誌です。

 

学習のからやってきた敏腕編集長が、中川浩さん。

「鬼の中川」と呼ばれたそうです。

 

科学雑誌にふろくをつけるというひらめきで、発行部数を大幅に増やします。

しかし、それまではいくつかの問題がありました。

 

番組では、中川編集長の発想と問題を乗り越えていく姿が注目されるので、楽しみに見たいと思います。

 

 

 

私事ですが、1年生のときから学研の「〇年の科学」「〇年の学習」を幼馴染みの男の子の家と一緒にとっていました。

当時、科学は男の子に人気があり、学習は女の子に人気があったため、私たちもそんな感じでとって、見せ合せあおうってことになったのですが、

後から、科学の方がよかったかな?と子供ながらに思ったのを覚えています。

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