假屋崎省吾の原点は母?生い立ちや年齢、作品は?徹子の部屋



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こんにちは、ももあぼです。

2月21日放送の徹子の部屋のゲストは、假屋崎省吾さん。

假屋崎省吾さんが華道家なのは知っていましたが

テレビ番組でのキャラの印象が強くて

本来のお仕事である(?)フラワーアーティストとしての

お仕事については、ほとんど知りませんでした。

以前ビビットで放送された假屋崎省吾さんのインタビューとともに

華道家・假屋崎省吾さんの原点に迫ります。

假屋崎省吾Wikiプロフィール!年齢は?

假屋崎 省吾(かりやざき しょうご)さんはフラワーアーティストです。

假屋崎省吾

(Facebookより)

生年月日:1958年12月17日(60歳)

出身地:東京都練馬区

血液型:AB型

学歴:早稲田大学文学部


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假屋崎省吾生い立ち。原点は母?

両親の影響で花が大好きで

暇さえあれば両親と庭いじりをしていた假屋崎さん。

種を取り寄せ、

花壇のレイアウトを考えるのが何よりの楽しみだったそうです。

NHK『趣味の園芸』『きょうの料理』『婦人百科』を

定期購読していたということで、少年時代から女子力は高めですね。

ーー好きなものを伺っていると、

本当に同世代の男の子達とはだいぶ違いますよね。

合わないの。

話も合わないし、全く興味も違うわけでしょ。

ーー親御さんって、その頃「外へ出て遊んだら?」みたいなことを

割と言う人多いと思うんですけど

全くそれがね、

父も母も、これからどうなるかなって

心配はしていたんだと思うけれども

応援をしてくれて

「これをやりなさい」とか

「これをやっちゃダメ」とかは

言わない両親だったんですよ。

「好きなことをやらせて伸ばす」

両親と言う良き理解者がいたおかげで、

友達が少なくても全然気にならなかったのだそうです。

假屋崎さんの個性を認めてくれるお母さんだったんですね。


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就職、個展、華道家へ

1982年 本格的に花の勉強を始めます。当時24歳でした。

「自分を表現するための職業を考えたとき、好きな花で自己表現できるのではないか」

と考え、いけばな「草月流」本部教室に入門

家元の勅使河原宏(てしがはら ひろし)に師事します。

映画監督でもあった勅使河原さんが

「いけばなで、それを仕事として独立する気概を持った人」を

育てるべく設けた「男子専科」の初期メンバーでした。

生け花に打ち込む姿をみて、

母も喜んでいたのだそうです。

”生け花を仕事にして生きていきたい”

そう決心した矢先、父が59歳で亡くなってしまいます

假屋崎さんには、悲しんでいる暇などありませんでした。

多趣味だった父は、ほとんど貯蓄をしていなかったのです。

「母に楽をさせなくては」

華道家への憧れを胸にしまい

大学卒業後は、アパレル会社に就職します

「設営の準備から全部担当したり、営業をしたり。

いろんなことやりましたよ。」

ーーなんか向いていそうですけどね、店舗の設営とか。

…あんまり楽しくなかった?

やっぱりね、時間がないんですよ。

朝早くて、全然休みもなく、夜中までだからただ家へ帰って寝るだけ。

お花ができなかったわけですよ。

それを犠牲にするのは自分としては一生は無理だな

っていうのはすぐ思ったので。

生け花との両立は難しく、3カ月でアパレル会社を退職

フリーター生活をしながら、華道家の道を目指すことに。

「フリーターって言うと聞こえはいいですけど

ようはアルバイト生活ですよね。

そのアルバイトも時給380円なんですよ。

それでいて画廊借りて材料代、人件費なんてすると

50万、60万、70万ってかかっちゃうわけですよ。」

”バイトのお金だけではとても個展を開くことができない”

焦りを感じていた時。

「母が銀行に行って、お金下ろしてきたらしいんですよ。

「省吾、これ使いなさい」って

50万円が入った封筒に入ってたお金を使わせてもらったわけですよ。

自分の息子が夢を描いているんだ

その実現のために使いなさいって出してくれるわけですよ。

「ごめんね、ありがとう」って思って

それを使わせてもらって

まぁ1年に(個展)を3回4回と集中してやるようになったんですよ。」

母は息子の夢のために、

乏しい老後の蓄えを切り崩してくれたのでした。

アルバイトで個展の準備が進まない假屋崎さんを

手伝ってくれたのも母だったそうです。

1986年(28歳) 初めて個展を開きます

個展「FUNE」

大胆な作風で世間からの注目を浴びます。

この個展を皮切りに数々の賞を受賞。

こうして、母と二人三脚で成功への足掛かりを見つけました。

1996年、6000万の借金をして、都内に

自宅 兼 花教室 兼 事務所を建設。

”やっと親孝行ができる、恩返しができる…”

「前日の日にパーキンソンっていう病気が重くなって

この世を去ったんですよね。

引っ越す前の日にね。

ずっと母にだけは親孝行したいなと思って

家を建てたのにそういうことになっちゃったっていうのが

本当に自分の一生の中でも辛い時代だったなって。

何も手につかないし、何かをやるって目的もないし

全て打ちひしがれたというか、そんな気持ちになってました。」

新居に引っ越しする前日、帰らぬ人となってしまったそうです。

自分の成功を1番に喜んでくれてたお母さんに親孝行できると思った矢先だったんですね。

「徹子の部屋」では、亡きお母さんの話もされるそうです。


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假屋崎省吾と美輪明宏?

母は、生前、美輪明宏さんの歌が好きだったという。

「愛の賛歌」を聴いて思い起こされるのは、母との良き思い出。

それもあってか

美輪明宏さんのおっかけ(本人公認)を自認しており、

美輪さんからも「美をつむぎ出す手を持つ人」と評されています。

「小さいころから母親とシャベル片手に庭いじりをしてたと

そういう記憶がずっとあるわけですよ。

本当に感謝してもしきれない。

それは未だに思いますよ。

毎日毎日手を合わせてお線香立ててね、

お母さん、お父さんって会話していますよ。」

ーー毎日?

毎日していますよ。だって親孝行したくてもいないんですもの。

世界の華道家・假屋崎省吾

最愛の母を失った假屋崎さんは、ここから更なる活躍を見せます。

1996年、クリントン元大統領の来日歓迎パーティー

假屋崎省吾

(番組より)

1997年、チリ大統領来日時

1998年、イタリア大統領来日時

1999年、天皇陛下御在位十年記念式典

假屋崎省吾

(番組より)

に於いて、花の総合プロデュース。

次々に大仕事を成功させていきます。

その後、テレビ番組の出演で人気者に。

華道では、国内だけにとどまらず、

海外のVIPからも作品を作ってほしいという依頼が殺到。

2010年ローマ国際映画祭

假屋崎省吾

(番組より)

2012年フランス・パリ花公園 

フランス政府から招かれ個展を開催。

假屋崎省吾

(番組より)

2016年トルコ・アンタルヤ国際園芸博覧会

假屋崎省吾

(番組より)

日本代表として制作し、金賞を受賞。

假屋崎省吾

https://ameblo.jp/kariyazakishogo/entry-12220497429.html

「赤の角材をパーっとすごく近未来的にね、

それを設置したところに

2000本近くのお花をワーっと花園のようにさせて頂いて

未来に向けての発信というものをテーマに作らせて頂いたんです。」

知名度と実力を兼ね備えた、一流の華道家になりました。


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假屋崎省吾の目標

そして、今でもファンとの触れ合いは欠かしません。

ファンの方は

「先生を通していろんなことを教わる。

お花だけじゃなく生き方とか物の見方とか」

「美のセンスがすごく超越しているところが好きです」

生け花の楽しさを一人でも多くの人に知ってもらいたい

ーーこれから華道家として假屋崎さんの目標は?

もっともっと生け花の魅力というものを

日本中のみなさんはもちろんのこと

世界中のみんなが感じていただいて

日本にはこんなに素晴らしい文化があるんだよってことを

どんどん発信していきたい。

花のモティーフという物で私たちも花から始まるライフスタイル

花は心のビタミン これがモットーなのでね。

生涯現役で、命ある限りね

何かしら社会とつながりがあって、

元気で頑張ってぽっくりと逝くときには

自分のデザインした棺桶に入って、骨壺に入りたいと思います。

假屋崎省吾、60歳、生涯華道家宣言。

假屋崎省吾さんの人気は高く、今も休みなしで働いているのだとか。


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假屋崎省吾デザインの国産骨壺・棺とは?

假屋崎省吾

https://www.e-sogi.com/magazine/?p=208

8月29日放送の「サワコの朝」でも

ご自身がデザインした骨壺の話題に触れ、話題になっていた假屋崎さん。

こちらが2015年発表された

假屋崎省吾さんがプロデュースした日本製骨壷『花筺(はながたみ)』です。

デザインは、桜の柄がきれいな和風の「八重と鬱金(やえとうこん)」と、

鮮やかな瑠璃色に明るい黄色が映える「群雀蘭(ぐんじゃくらん)」の2種類。

「やはり日本人なので日本を大切にしたいですし、

それには地場産業を大切にしなければなりません。

職人さんたち、日本の伝統の技術を守って来られた方々が

これからも守り続けていけるように、いいものを作っていただいて、

それをエンドユーザーさんにも気に入っていただきたいです。

世界の中の日本ではあるけれど、きちんと日本を大事にして、

伝統文化とメイドインジャパンをどんどん世界にアピールしていきたいです」

https://www.e-sogi.com/magazine/?p=208

こちらは、花筐シリーズの棺。

棺の窓扉の内側にも、お花がほどされています。

假屋崎省吾

どれもかなり豪華で素敵ですね。

終活については考えたこともありませんでしたが、自分の好きな、キレイなものに囲まれた最期を考えるのも、生きてきた証として大事なことかもしれませんね。


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假屋崎省吾まとめ

假屋崎省吾さんは、華道家、フラワーアーティストです。

28歳で個展を開いてから、日本、世界と活躍されています。

その陰には支えてくれた母親の姿がありました。

親孝行したかったという假屋崎さんですが

こんなに立派になっても、そのことを忘れていないのが

見習わないといけないなぁと思いました。

でも、私なら言っちゃうかな…

「お友達と遊んでおいでよ」って。

お母さまは、性格も熱中することも全部わかっていたのかなぁ。



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