クリスマスにあおり運転の末の射殺事件!犯人の動機や今現在は?アンビリバボー

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こんにちは、ももあぼです。

 

11月21日放送の奇跡体験!アンビリバボーでは

全米騒然!あおり運転で射殺事件?ということで、

あおり運転で殺人まで起きてしまった事件をとりあげます。

 

あおり運転の末に射殺事件なんて

被害者は、さぞ怖い思いをされたでしょうね。

 

 

被害者は、3歳の子を持つ母親。

事件はクリスマスに起こり、目撃者はいませんでした。

 

この事件について、まとめてみました。

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クリスマスにあおり運転の末の射殺事件

1992年12月24日の夜9時45分頃

アメリカ・ニューヨークを走る高速道路

グランド・セントラル・パークウェイ。

 

この高速道路を降りてすぐのガソリンスタンドに

「早く救急車を!」と飛び込んできたのは、運転手の男性でした。

 

助手席の女性は後頭部を撃たれ、瀕死の状態。

車の後部窓は粉砕されていました。

 

女性はすぐに病院に搬送されましたが

25日の夜に亡くなりました。

 

撃たれた女性はパメラ・マスカーロ(32歳)。

 

運転手は夫のジョン(33歳)で、後部座席には

3歳の誕生日を迎えたばかりの娘・ホーリー(/ホリー)が座っていました。

 

一家は、ロングアイランドのリゾート地、

コールド・スプリング・ハーバーでのクリスマスディナーの後で

自宅に帰る途中でした。

 

 

警察の調べに、夫のジョンは

「後ろにいた車がずっとクラクションを鳴らし

何度もパッシングしながら僕の車を追いかけてきた。

 

窓を開けて何か叫んできたが、僕は怖くて

窓を開けなかったので何を言っていたかは分からなかった。

 

車が遠のいていったので、ホッとしたのも束の間

銃声が聞こえ、助手席の妻が血まみれになっていた」と証言。

 

 

横づけした犯人の車が、少しスピードを落とし発砲。

後部座席のガラスを突き抜け

助手席のパメラの後頭部に命中したとされました。

 

 

警察がグランド・セントラル・パークウェイを

閉鎖して、証拠を集めたものの見つからず。

 

 

クリスマスイブの夜は、家族と家で過ごす人が多いため

交通量は少なく、有力な目撃情報はありませんでした。

 

分かったのは、犯人は3発発砲したことと9ミリ弾で打ったこと。

そして、ヒスパニック系の男、白かベージュの車というジョンの証言だけでした。

 

この事件は、アメリカ全土で大きく報道されました。

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あおり運転の末、殺害した犯人はウォーレン

事件が動いたのは、1995年1月のこと。

 

元航空職員で、同僚をストーカーし

1994年のクリスマスイブに、同僚宅に強盗に入ったことで

逮捕されたブルース・ウォーレン

 

ウォーレンは、ヒスパニック系男性です。

 

その時の家宅捜索で、アパートの鏡に貼られた

少女の写真の新聞の切り抜きがありました。

 

これは、パメラの射撃についての新聞記事で

当時3歳だった娘のホーリーの写真でした。

 

そして、パメラ殺害と同じメーカー、同じ種類の

9ミリ弾もみつかりましたが、拳銃はありませんでした。

 

警察は、決定的な証拠はなかったものの

ブルースが犯人である可能性が高いと考えました。

 

ウォーレンは、ストーカーと住居侵入で有罪。

刑期は4年でしたが、仮釈放が認められれば2年半ほどで

出所するだろうと考えられていました。

 

ウォーレンが逮捕されてから

この地域でのあおり運転被害は、なくなったようです。

 

警察が犯人を特定した方法は?

隣室の囚人との司法取引

ウォーレンには、1年にわたり

何度も取り調べが行われましたが、事件への関与を否定し続けました。

 

そこで、隣室の囚人と司法取引を行い

情報提供者になってもらいました。

 

それから1年がたったある日

警察は取り調べでわざとブルースを怒らせて

事件のことを口走らないか試したのです。

 

しかし、仮釈放まで1カ月となったところで

情報提供者の存在がブルースにバレて

警察に協力した囚人が、脅迫されてしまいました。

 

そのため、ブルースは別の部屋に移動。

 

怒りが収まらないブルースは、移動先の隣の囚人に

先ほどまで隣だった囚人の殺人をもちかけたのです。

 

 

しかし、警察は移動先の隣室の囚人にも

司法取引を持ち掛け、協力者にしていました。

 

「金さえもらえれば何でもする」という言葉に飛びついて

6年前のクリスマスイブに、高速道路で

運転手めがけて発砲した話をしたそうです。

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狙撃した車の特定

さらに警察は、夫のジョン・マスカロに

射撃に使用された車を選ぶことができるかどうか尋ねました。

 

実は「ブルースに車を貸した」と証言した知人から

車を借りていたのです。

 

その車とジョンの見た車が同じなら、

有力な目撃証言になります。

 

事件直後、ジョンは

犯人の車が、白やベージュの外国車だと証言していました。

 

セダンタイプなのは、わかっていましたが

車に詳しくなかったため、警察は車種を特定できなかったのです。

 

 

それでも、ジョンは数百台の車両の中から

白い1989年型シボレーキャバリエを特定することができました。

 

 

1998年5月、ブルース・ウォーレンは逮捕されました。

 

1994年12月の強盗事件により

ウォーレンはダウンステート矯正施設で過ごしており

刑期の一部を終え、仮釈放される予定でしたが

保釈せずに、再び拘留されることになりました。

 

犯人・ウォーレンのあおり運転の動機は?

犯人・ウォーレンが、なぜあおり運転をしたのか。

 

それは、夫のジョンの運転する車が

何気なく車線を変更したことでした。

 

出勤途中でスピードをあげていたブルースには

割り込んできたように思えたのです。

 

ジョンには、そのつもりはなかったようですが

ウォーレンは、故意に割り込み

わざとタラタラ走っていたと確信していました。

 

そして、車と並走して文句を言ったのに

窓も開けずに聞かなかったことから

運転手目掛けて発砲したのだそうです。

 

 

その銃撃の末

弾丸の1つがパメラを襲ったのです。

 

ウォーレンは、運転手であるジョンを狙って追いかけたそうで、

ジョンが助けを求めたガソリンスタンドには

人がいたため、追撃せずに逃げたのだそうです。

 

 

また、1995年の精神医学の法医学報告によると

過去を調査した結果、ウォーレンは酒癖が悪く

一度怒ると手がつけられなくなって、トラブルを起こしていたそうです。

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ウォーレンの判決は?

最終的な裁判にかけられるまで8年もかかった、今回の事件。

 

キューガーデンの州最高裁判所でブルース・ウォーレン(48)には

殺人罪で15年の判決を下りました。

 

殺人容疑に加えて、射撃事件での証言をさせないよう

目撃者の夫や娘、罪を告白した囚人を殺害、または攻撃するために

誰かを雇おうとした殺人未遂の罪。

 

そして、武器の刑事所持の罪も加えて起訴されました。

 

事件のその後、今現在は?

パメラ・マスカロの死後

オースティン・ストリートの曲がり角に

パメラ・マスカーロ・コーナーという名前が付けられました。

 

この場所が選ばれたのは

パメラが娘のホーリーを連れて遊びに行っていた場所だったからです。

 

 

事件から20年以上が経った今

ジョン・マスカロは再婚して

フロリダ州で税務コンサルタントおよび会計士として働いています。

 

また、娘のホーリーもマーケティング関係の有望なキャリアを持つ

美しい若い女性に育っていました。

 

 

そして、あおり運転の末、

パメラを射殺した罪などで服役していたウォーレンは

2007年に病で刑務所で亡くなりました。

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まとめ

あおり運転は、

アメリカでも「Road rage(ロードレイジ)」と言われているんですね。

 

1992年のクリスマスイブの夜

ニューヨークの高速道路であおり運転の末

パメラ・マスカロ(当時32歳)が撃たれ、亡くなりました。

 

運転手は夫のジョン(33歳)で

後部座席には娘・ホーリー(/ホリー)が座っていました。

 

 

しかし、なかなか犯人は見つからず

1998年5月、ブルース・ウォーレンを逮捕しました。

 

ウォーレンは元航空職員で

同僚をストーカーしており、

1994年のクリスマスイブに同僚宅に強盗に入ったことで

逮捕され、矯正施設に入っている男でした。

 

 

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