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下重暁子の人生の師は盲目の小林ハル?プロフィールや夫、寂しさと孤独の違いは?爆報フライデー

こんにちは、ももあぼです。

9月7日に放送される『爆報!THE フライデー』(19:00〜)は、

「ベストセラー作家・下重暁子が語る人生の師」として、

『家族という病』がベストセラーとなった作家の下重暁子さんをスタジオゲストに招き、

新しいテーマで日本人をぶった斬ります!

「孤独と寂しさは違う」下重が伝えたい本当の孤独とは?

その背景には、下重が人生最大の衝撃を受けた謎の人物の存在が!

盲目の老婆の背景にあった壮絶人生とは!?

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作家・下重暁子のプロフィール

下重 暁子(しもじゅう あきこ)さんは、日本の作家・評論家・エッセイスト。出身。元NHKアナウンサー、JKA会長。学位は文学士。

下重暁子https://mdpr.jp/tv/detail/1791077

生年月日:1936年5月29日

出身地:栃木県宇都宮市

学歴:早稲田大学教育学部国語国文学科卒業

1959年、アナウンサーとしてNHKに入局。

名古屋放送局や東京の放送センターに勤務。(野際陽子は、名古屋での1年先輩の同僚)

1968年、フリーアナウンサーへ転身。

『長谷川肇モーニングショー』(NETテレビ)等のキャスターを経て、文筆活動を開始。

2005年、最後の日本自転車振興会(第12代)会長に就任。

2008年~2011年、財団法人JKAの初代会長を務めた。

下重暁子の夫は?

下重暁子さんの3歳年下、キャスター時代に出会った

テレビ局勤務の男性です。

「下重暁子」は旧姓。

結婚した時改姓したが、旧姓のままでいたかった、

死ぬ前には事実婚に戻し、「下重暁子」として死にたい、としている。

「夫婦同姓は明治期からの制度であり、伝統でもなんでもない。」

「通称利用で現制度の不利益が緩和されるなどということはない。」としている。

子育てが終わって夫婦二人きりの生活になったら、思い切って寝室を分けてしまえばいい。ひとりで過ごす時間、自分だけの時間を持てるようになります。

我が家でも実行しているのですが、夜中にひとりで音楽を聴いたり本を読んだりするのが、私にとって至福の時間になっています。

結局、夫婦だからといって、いつも一緒に行動することに縛られる必要はないのです。

お互いに「個」に戻れば、ふたたび相手を尊重しなおすこともできるでしょう。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/55630?page=2

旦那さんの許可なくリフォームして寝室を分けてしまった話や、夫婦別姓を尊重(某国人が不法入国しやすくなる足掛かりだと聞いたことがあるので警戒)で、ちょっと怖い人?旦那さん、そんな発言力ないの?と思ってしまいましたが家族・夫婦であっても「個」を尊重する考え方なんですね。

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ベストセラー「家族という名の病」

2015年に幻冬舎から『家族という病』を出版し、50万部のベストセラーとなった。

同書の中で下重は「親や家族の期待は子供をスポイルしている」「配偶者は他人」などと

家族の価値を否定し、自立した個人の重要性を強調した。

盲目の老婆は小林ハル?その壮絶人生とは?

下重暁子さんの『鋼の女 最後の瞽女・小林ハル』(2003年)【絶版】では

盲目の旅人、最後の瞽女(ごぜ)小林ハルさんの人生が描かれています。

瞽女(ごぜ)とは「盲御前(めくらごぜん)」という敬称に由来する日本の女性の盲人芸能者

近世までにはほぼ全国的に活躍し、20世紀には新潟県を中心に北陸地方などを転々としながら

三味線、ときには胡弓を弾き唄い、門付巡業を主として生業とした旅芸人である(Wikiより)

小林ハルのプロフィール

生年月日:1900年1月24日

出身地:新潟県南蒲原郡井栗村(現 三条市)

死没:2005年4月25日(105歳没)

生後3か月で失明し、5歳の時に瞽女修行を開始

数多くの苦難を経て晩年に「最後の長岡瞽女」「最後の瞽女」として脚光を浴びた。

1979年(昭和54年)、黄綬褒章を授与される。

選択無形文化財の保持者に認定されたことをもって人間国宝と呼ばれることもある。

時代とはいえ、視覚障碍者である小林ハルさんへの待遇がひどいです。。。

Wikiでも結構長いので、興味のある方は読んでもらうといいですが、読んでいて辛いです。

「家族」に焦点を当てて、引用させていただきます。

●近所の人目を気にして、「人に見られてはいけない」とハルを常に屋敷の奥にある寝間に置いた。

●家族はハルに「呼ばれなかったら声を出すのではないぞ」と言い聞かせた。

●食事はすべて寝間で食べさせられ、「手洗いが近くなるから」という理由で水分をとることも制限された。

●ハルは家族から「お前は人の世話になっているのだから、満足なご飯なんて食べさせていられない。だが、そのために病になってしまったら、近所の手前が悪い」と言われた。

●盲目であることが分かってから、家族はハルを名前で呼ばなくなった。

●16歳年上の兄はハルによく暴力をふるったが、家族は

「お前はこの家で一生、兄さの世話にならなければならないのだ」、

「お前がいるせいで、兄は年頃なのに、嫁のなり手がなかなか見つからない。兄さに辛くあたられたって、仕方のないことだ」

と兄が咎められることはなかった。

●ハルは「お前には誕生日はないんだ」と言われ、兄弟と違って誕生日を祝われることもなかった。(晩年まで正確な誕生日を知らなかった)

5歳で弟子入りされているので、白内障で盲目になった3歳から5歳の家族エピソードです。。。

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下重暁子が語る小林ハルの人物像

ハルは、母親から「『ハイ』という返事と言いわけをしないこと。

目のみえないものは一生他人の世話になるから、口答えせず自分の意見を言わない」、

人に迷惑をかけてはいけない。普通の人と同様、自分のことは自分でする

人に憎まれる言動はつつしむ」よう教えられて育ったため

この時母から教えられたことが一生ハルさんに影響を与えることになる。

どんな辛い目に遭っても、運命に逆らわず、黙って受けとめ自分の中で消化する。

まっすぐでひねくれることがなく、感動的な素直さを持って生きることが出来た。

一方で、こうした母親の教えがハルに「運命を甘受する態度」を植えつけ、

ハルの人生が困難続きとなる原因をつくった、と下重暁子さんは分析しています。

「孤独と寂しさは違う」

そもそも、「淋しさ」と「孤独」は似て非なるものです。

淋しさとは、感傷です。どこかに「誰かに解消してもらおう」という甘えが潜んでいる。

対して、孤独というのは、他人に頼るのではなく、自分とじっと対話すること。

淋しさを突き抜けた先に、自分で答えを探していく営みこそが、孤独なのです。

「孤独な老後」なんてマイナスな言い方ばかりされるけれど、本当に悲惨なのは、「孤独になることからいつまでも逃げ続ける人生」を送ることでしょう。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/55630

下重暁子さんは胎内やすらぎの家(老人ホーム)におけるハルの態度について、

他の入所者がはしゃいでいても決してはしゃぐことがなく、

そこだけ孤独感が漂ってる。人に溶けこまないのではないが、自分から目立とうとはしない。

沢山の人の中で邪魔をせず、黙ってじっとしている」と話しました。

ハルさんは筆舌に尽くせないような壮絶な人生を送った人ですが、

私が初めてお会いしたときに、いままで見たことのない凛とした気品を漂わせていたのです。

ハルさんには、本当の孤独を知った人にしか持ちえない突き抜けた明るさがあって、

目が見えなくても、針仕事も料理も何でもひとりでできてしまう。

自分自身を見つめることから生まれた内面の美しさが、自然とにじみ出ていたのです。

「いい人と歩けば祭り、悪い人と歩けば修業」と口癖のように言っていましたが、

ハルさんは自分の人生そのものを修業と捉えていたのでしょう。

品性とは育ちや環境によってではなく、

自分自身と対話を重ねてきたかどうかによって決まる。

ハルさんが背中で教えてくださったことです。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/55630

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まとめ

それにしても「爆報THEフライデー」は、前回の角川春樹さんといい、下重暁子さんといい

あまりTV出演されない作家先生を出演させるのが上手ですね。。。

プロデューサーさんに、作家とコネクションのある方でもいらっしゃるのかしら?と

勘ぐってしまうくらいです。

下重暁子さんは、才色兼備、アナウンサーから作家に転身された方です。

発言や考えの中で「個」を尊重しているという感じがしました。

また、小林ハルさんは、壮絶な人生でありながらも、孤独と気品を持ち合わせた方でした。

同じく9月7日放送の「爆報THEフライデー」の選手Tとは?

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