杉田秀之が慶大ラグビー仲間と富士登山挑戦!12年越しの約束

テレビ

こんにちは、ももあぼです。

 

ラグビーW杯が盛り上がっていますが

今回、奇跡体験アンビリバボー

まひを負ったラガーマン・杉田秀之さんの

富士登山に密着したそうなので、杉田さんについてまとめてみました。

 

杉田秀之プロフィール!

杉田秀之(すぎた ひでゆき)さんは、会社員です。

(Twitterより)

生年月日:1988年4月15日(31歳)

出身地:東京都

 

身長:173cm

体重:90キロ

 

出身校:慶應義塾高校

家族:杉田さんは4人兄弟の末っ子です。

 

杉田秀之とラグビーの出会いは?

杉田秀之さんとラグビーと出会ったのは

世田谷区ラグビースクールでのこと。

 

世田谷ラグビースクールは

多摩川のグラウンドで幼児から小・中学生が楽しんでいます。

 

2018年、小学生は全国大会で優勝するなどの成績を残しており

高校・大学・社会人のトップチームで活躍しているOBも多いです。

 

杉田さんは、バレーボールを熱心にしていましたが

中学2年生からラグビーを始め、すぐに夢中になりました。

 

もちろん杉田秀之さんも、慶応高校では

主力選手として活躍し、神奈川県選抜にも選ばれました。

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杉田秀之のまひを負った悲劇とは?

慶応大学のラグビー部の1年生、杉田秀之さんは

長野県・菅平高原で行われた夏合宿に参加していました。

 

菅平高原はラグビーの聖地と呼ばれ

夏場、特に8月はいろいろな場所でラグビーの試合が行われます。

 

この時期は、試合をしている選手の方はもちろんですが

観客も通行人もみんな、みんなムキムキしている印象です^^

 

 

この合宿に参加できるのは、全学年で35人。

杉田さんは1年生で参加できた選抜メンバーの1人でした。

 

 

2007年8月26日の練習試合で

100キロ近い体格を生かし、スクラムの柱となるプロップとして出場しました。

 

スクラムが崩れた際に、首に強い衝撃を受けた杉田秀之さん。

すぐに体の感覚がなくなっていくのを感じたそうです。

 

首の骨の一部が脱臼骨折しており、ドクターヘリで運ばれ

すぐに手術が行われましたが、頚椎、頚髄を損傷し全身麻痺状態になりました。

 

そして手術後、

最高に回復して車イス、最悪の場合、生涯寝たきり生活になることを告げられました。

 

喉の筋肉をうまく使えなかったため、呼吸がうまくできず

両親に謝り続けることができなかったのだそうです。

 

 

慶大ラグビー部・林監督は、合宿後にチームワーク強化のため

富士登山を計画していましたが、中止となりました。

 

 

林監督と面会した杉田さん。

杉田さんはまずチームに迷惑をかけたことをわび、自分がけがで途中退場した試合の結果を尋ねた。

そして富士山に登りたかった気持ちを林さんに伝えたというのである。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO35924910Z20C18A9US0000/

 

そして、富士登山には

「杉田が良くなったら、みんなで行こう」と約束しました。

 

 

長野の病院から慶大病院に転院した杉田さん。

手術から9日後、動かないと言われていた、右足の親指を動かすことができたのです。

 

自分の状態を受け入れられず、また仲間も何と言っていいかわからなかったため

杉田さんは、その気まずさに、しばらく面会を拒否したのだそうです。

 

リハビリセンターに転院する頃には、手足がわずかに動かせるようになり

寝返り・自分で車いすに乗れるくらいに回復していました。

 

怪我から約4か月後の2008年1月、

全国大学ラグビーフットボール選手権大会の決勝が行われました。

 

4年生最後の雄姿をぜひ見に来てほしいと、杉田さんも車いす観戦することに。

しかし、すぐに会場を後にしました。

そして、これ以降ラグビー部との連絡を絶ちました。

 

 

自分のことを世界で1番不幸だと思っていた杉田さんでしたが

病院には、それより辛い思いをしている人が多くいました。

 

それから、杉田さんは真剣にリハビリに取り組むようになりました。

小さな目標に向かって進み、怪我から1年3か月後の2008年11月に退院。

 

2008年に発足した「杉田基金」により、渡米し最先端のリハビリを受けました。

 

懸命なリハビリの甲斐あって、運動能力は少しずつ改善されていき

成田空港到着時には、車いすから立ち上がることが出来ました

 

杖をつかい、ゆっくりではありますが

自力歩行ができるようになっていました。

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再び慶大ラグビー部へ

2009年に帰国し、復学。

怪我をする前と、大学は違うもののように思えたそうです。

 

ラグビー部の同期・澤野さんから、しつこいほど電話をもらった杉田さん。

 

「もう関係ない」という杉田さんに

「杉田はずっとラグビー部員だから」と説得され

監督にもらったラグビー部員からの手紙を、このとき初めて読んだそうです。

 

そこには、復帰を待ちわびるメッセージがあり

一緒にいたいと思ってくれる人がいるなら、一緒にいたいと

慶大ラグビー部のスタッフとして主にデータ分析をすることに。

 

誰もがケガの前と変わらない態度で接してくれました。

 

さらに、分析以外にも自分に何ができるのか考え

徹夜でモチベーションビデオを制作したのだそうです。

 

過去のプレー映像から、ベンチ入りメンバーの好プレーを厳選し、

メンバーからもれた4年生に頭を下げてメッセージをもらい、BGMを選曲し、

1枚1枚、選手の部屋の前にDVDを置いていきました。

 

2010年の早慶戦では、10年ぶりの勝利をおさめました。

 

2012年9月、同期から遅れること1年半、

慶大を卒業した杉田秀之さんは

新卒で外資系金融会社ゴールドマン・サックスに入社

 

仕事量も多く、夜中まで残業というイメージの外資系金融ですが

杉田さんは、自立して働けていることに満足していました。

 

仲間と再結集し富士登山へ

2007年の合宿の最終日、チームワーク強化のため予定していた

富士登山は、合宿中の事故で急きょ中止になりました。

 

30代になった仲間たちが、結婚式で顔を合わせる度に

富士登山の約束を実現させようと話すことが増えてきました。

 

しかし、杉田秀之さんは、体にまひが残り、長時間の移動は杖が必要な状態。

 

いつもの冗談だと思い、受け流していましたが

皆が本気で言っていることに気づき、

次第に本気でチャレンジしたいと思うようになっていったそうです。

 

2018年3月の仲間の結婚式で、富士登山決意しました。

 

それから本格的にトレーニングを始めた杉田さん。

手足にまひが残るため、段差を超えるのも一苦労で、

トレーニング開始直後は、少し運動しただけでけいれん。

 

週に5日リハビリ施設だけでなく、

アスリートが通うようなジムでハードトレーニングを行い体を鍛えていきました。

 

 

同期の村田毅さんもSNSで仲間を募りました。

 

同期だけでなく

杉田さんと関わりのある先輩・後輩も声がかけられました。

 

決行日はW杯によるトップリーグ中断期間も踏まえ

約束から約12年後の2019年8月23日と決まりました。

 

こうして「富士登山計画」は、動き出したのです。

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2019年8月富士山登頂

1年以上の準備の時間をかけて、ついに富士登山に挑む杉田秀之さん。

 

2018年には、前哨戦として

当時の仲間と共に高尾山に登りました。

 

 

2019年8月23日午前4時

約100人の仲間と3776mの富士登山に挑みました。

 

通常なら、約6時間で登頂できる富士山ですが

約12時間以上かかることを予測し

1日目(23日)は、5~9合目

2日目(24日)は、9合目~山頂と2日間かけて挑むことになりました。

 

 

6合目まで来たときに、

天候の悪化により当初の日程ではほぼ不可能となりました。

 

ガイドの三浦豪太さんは、続けるには危険だと判断し

1日延ばして25日に登頂することを提案。

 

しかし、遠方からのメンバーの中には、25日(日)の朝に

帰路につかなければならない人もいて、メンバー全員での登頂はできなくなります。

それは、登山計画の挫折を意味しました。

 

メンバーは、山小屋で昼寝をして、待ったそうです。

 

その後、4時間天候の回復があることを掴んだメンバーは

8合目まで、途中ヒッポ(車いす)を引っ張ることもしつつ、登ることにしました。

 

23日午後5時、無事8合目に到着しました。

翌日24日、天気予報は外れ、晴天。山頂を目指します。

 

仲間たちは、それぞれの思いを抱え、杉田さんと一緒に登っていました。

24日の朝に出発した後発隊60人とも合流。

 

24日午前10時に山頂に到達。

メンバーも、車いすを持ち上げて喜んだそうです。

そして、杉田さんをはじめメンバーの目にも涙が。

(Twitterより)

SNSでは、無事に登頂したことがわかります。

 

下山は、仲間のヒッポに引かれ、

誰一人怪我することなくできました。

 

杉田さんは、忙しい仕事の合間をぬって

精髄損傷患者を支援する活動を行っています。

 

富士登山の2日後、8月26日に入籍。

2019年5月、長野県菅平高原でプロポーズし

怪我をしてからちょうど12年目のこの日に入籍しました。

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杉田秀之さんの富士登山計画まとめ

杉田秀之さんは、慶大のラグビー部に所属していました。

 

2007年に行われた合宿の試合中に

頚椎、頚髄を損傷し、一時全身麻痺状態になりました。

 

試合後に計画されていた富士登山は中止になりました。

 

懸命なリハビリの末、少しずつ体を動かせるようになってきた杉田さん。

2009年に復学し、2012年に卒業。

 

新卒で外資系金融会社ゴールドマンサックスに入社しました。

 

2018年、富士登山を決意し準備を始めました。

2019年8月24日、富士登頂成功!

 

杉田さん、自分のことより

両親のこと、仲間のことを思いやることのできる

本当に素敵な方だからこそ、一緒に挑戦したい!という

仲間が大勢いるんだろうなぁと思いました。

 

奇跡体験アンビリバボーでは、

より詳しく挑戦の様子を見ることが出来ると思いますので

楽しみにしています。

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