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天保そばは飛島で育てる江戸時代の蕎麦!山形で発芽方法やお店は?THE突破ファイル

こんにちは、ももあぼです。

1月10日放送のTHE突破ファイル知られざる逸話スペシャルでは

古民家から見つかった江戸時代の蕎麦のタネ。

それをを復活させた執念の突破劇が紹介されます。

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古民家から江戸時代の蕎麦のタネが見つかる

天保そば

http://tenpousoba.com/home/gazou/genshu_.html


1998年、福島県大熊町の横川一郎さんの旧家を改築する際に

天井裏から、真っ黒に変色した米俵6俵からそばの実が発見されました。

それは「天保そば」と代々言い伝えられてきた幻のそばで、

江戸時代の天保の大飢饉で苦労した4代前の先祖が、万が一の時に子孫が飢えることがないように

命を繋ぐためにと非常食として保管したものでした。

当時84歳の当主・横川一郎さんは、

そばの実の管理を、福島県製麺協同組合青年部に任せました。

そして、この実を発芽させられないかと農業試験場や大学の研究室などに持ち込みましたが

どの研究機関のテストの結果もダメでした。

「すべての種子で胚は発芽活性を喪失、成長能力は無い」

つまり、発芽できないというものでした。

それでも諦めきれず

山形県の製粉会社社長・鈴木彦市さんに手紙を送ります。

手紙には一握りの蕎麦の実が同封されていて

それを手にした鈴木さんは

「乾燥や傷みがひどくてとても発芽するとは思えない」と、思ったそうです。

しかし、鈴木さんは一縷の望みをかけて

気心知れたそば職人であり、峯田徳重さんに声を掛けました。

1999年、峯田徳重さんは、そば職人の仲間に

「天保のそばがあるから手伝ってほしい」と声を掛けました。

全国の大学や研究機関が挑戦しても果たせなかった

「天保そば」の発芽。

どのようにして「天保そば」を発芽させたのでしょうか?

昔ながらの言い伝え

発見されたとき、ソバの実の俵は三重に包まれていて、

俵と俵の間には、ねずみや害虫の侵入を防げるよう木灰(あく)が詰められていました。

ねずみに食べられないよう

湿気で腐らないようにとのご先祖様の気持ちが

この梱包で伝わってきますね。

山形での発芽方法は

160年間同じ状態で眠っていたのだから

なるべく昔のままの状態に近づけてみることでした。

社長はじめ、そば職人の有志達は

仕事が終わった後に、鈴木製粉所「石臼館」に集まりました。

炭を砕き木灰を持ち寄って、土と砂に混ぜた「焼き畑農法」を想定し

俵で保管されていた時と同じような土壌を作りました。

こうして、50粒ほどの実を2つのプランターに一粒一粒播いたのです。

「そばをまく時に水はいらない」という

昔からの言い伝えを守り、直接水をかけることはせず

小さく切ったミズゴケから水分を与えました。

もちろん、夜に作業することにもこだわりました。

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「天保そば」の発芽

天保そば

http://tenpousoba.com/home/gazou/genshu_.html

1999年8月2日、ついに実から白い芽が出ました。発芽です。

「発芽することはない」と言われていた

160年前のそばの実が復活しました。

そばの実にしたって、160年前からタイムスリップしてきたようなものですから

研究機関での最新の発芽の方法よりも

昔ながらの発芽の方法の方が合っていたのかもしれません。

最初の年は、花が咲くまで成長しましたが

実を結ぶことはありませんでした。

発芽に成功したそば職人達は

「幻の山形天保そば保存会」を立ち上げ

峯田さんが初代の会長に就任しました。

2000年からは、プランターを増やして

多くのそばを栽培することにしました。

山形県酒田市から40キロほど離れた沖にある「飛島」に

約10坪の畑を借りました。

天保そば(Wikiより)

それは、原種を守るため

絶対に他の種と交配しないようにするために

そばを作ったことのない離島・飛島(とびしま)で作られました。

そばは主にミツバチを介して受粉するそうで

近くに他の種類のそば畑があれば、簡単に交配してしまう可能性があるためです。

もちろん、飛島では、

「天保そば」以外のそばの栽培は行っていません。

2006年には、作付面積を1.3ヘクタール(約3933坪)まで増やし

700キロの収穫量がありました。

「天保そば」は本物なの?

そもそも、古民家で発見された「天保そば」は言い伝えであり

本当に天保のそばなのでしょうか?

2010年、保存会が本当に天保のものと実証するために山形大学に分析を依頼しました。

高感度加速器質量分析装置(AMS)で蕎麦の実3粒と包まれていた俵のワラを分析。

炭素14の含有量で年代を特定する「放射性炭素年代測定法」によって調査した。

http://www.sobashunju.com/modules/bulletin/index.php?page=print&storyid=88

この調査により、

江戸時代後期の天保年間(1830~44年)からの蕎麦と伝えられてきた「天保そば」を

69%の確率で1812年から1919年のものだという結果が出たそうです。

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天保そばの現在と食べられるお店は?

横川一郎さんや峯田徳重さんなど

当初天保そばに関わった関係者は亡くなってしまいました。

しかし、現在も「飛島」で、栽培と保存活動が行われており

山形県の「天保そば保存会」会員店13店舗で食べることができます。

<「天保そば」が食べられる店一覧>

▼そば屋惣右ェ門(山形市早乙女一番地)

○きふね(山形市天神町68)

▼伊右エ門(山形市河原田18-3)

○あずまや(山形市防原町3-4)

▼栄屋分店(山形市北山形2-2-54)

○寿ゞ喜 総本店(「喜」は略字体、山形市宮町5-9-8)

▼三百坊(山形市土坂字荒屋敷453-2)

○庄司屋(山形市七日町2-7-6)

▼三津屋本店(山形市上町1-1-75)

○港屋(山形市和合町2-1-30)

▼みねた(山形市城西町2-1-40)

○第二公園山長(山形市十日町4-3-8)

▼みちのく山長(山形市銅町1-6-21)

http://www.sobashunju.com/modules/bulletin/index.php?page=print&storyid=88

乾麺は、期間限定でネット通販でも買うことができますよ。

飛島で毎年10月に開催される「天保そば・ごどいも収穫感謝祭」は

2003年に天保そば保存会のメンバーとその家族が

収穫したそばを島民全員を招待して振舞ったことから始まりました。

ごどいもとは、特産品のじゃがいもです。

この祭りから「Iターン」にも力を入れ、活気を取り戻りつつあります。

小学校は2009年4月に9年振りに、中学校も2011年に再開しました。

2014年には24時間テレビで5年ぶりの運動会取り上げられましたが

小学校は再び休校状態となっています。

天保そばまとめ

江戸時代から横川さんの家で眠っていた、天保そば。

それを現代でも食べられるのは、

保存会の方々が諦めずに発芽させてくれて

保存する活動をしたり、育ててくれる方がいるからこそですね。

なんか、おそば食べたくなってきた。。。

通販セットの「天保そば」と

飛島の特産品のトビウオを使ったあごだしのつゆが

めちゃくちゃ美味しそうだったので、載せられたら載せたいと思っています。

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