車いすでトライアスロンに挑戦した父子!始めたきっかけや現在は?

マラソンエンタメ(TV・芸能人)

こんにちは、ももあぼです。

4月22日放送のワールド極限ミステリー特別版では、脳性麻痺で車いす生活の息子とその父親がトライアスロンに挑戦する実話が紹介されます。

 

トライアスロンと言えば、スイム、バイク、ランと過酷ですが

その中でもアイアンマンレースの過酷さは、その上を行きます。

 

スイム(水泳): 1.5キロ → 3.8キロ

バイク(自転車): 40キロ → 180キロ

ラン(マラソン): 10キロ → 42.195キロ

どれか1つだけでもできる気がしません。。。

 

なぜ2人は過酷なトライアスロン、アイアンマンレースに挑むことになったのかまとめてみました。

 

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脳性麻痺で車いすの息子リックと父ディック

1962年のアメリカでリック・ホイトは生まれました。

出生時にへその緒が頭に絡まったため脳の酸素が欠乏し、脳性まひを伴う四肢麻痺と診断されました。

 

脳性まひのリックは、首だけを動かすことができますが、歩くことや話すことはできません。

声を出すことはなく、耳も聞こえているのかわかりませんでしたが、目だけはしっかりと部屋の様子をよく見ていました。

 

両親は、普通の子どもと同じように、そりや水泳、アルファベットや基本的な会話を教えました。

特に母親は毎日何時間もかけてアルファベットを教え、家中のものに単語の書いたカードを貼っていきました。おかげで短時間で覚えたのだそうです。

 

リックが11歳の時、大学でリックのために対話型の障碍者用のコンピューターの研究が始まりました。車いすに取り付けられたヘッドピースを頭に当てて文字を入力を行えます。

 

そのコンピューターが家に持ちもまれたとき、最初の言葉は「ママ」「パパ」ではなく「ゴー!ブルイン!(“Go, Bruins!”)」

ボストンブルーインズは、プロアイスホッケーチームで、そのシーズンのスタンレーカップ決勝まで進んでいました。

地元チームの活躍を夢見る、スポーツ好きな男の子でした。

 

 

そして1975年、13歳の時にリックの知性は同学年の子に劣らないと認められて、公立中学校に入学します。

高校卒業後は、ボストン大学に通って、1993年に特殊教育の学位を取得して卒業しています。

その後は、ボストン大学の研究室に勤務し、障害を持つ人のためにコミュニケーションなどを支援するシステムや補助器具の開発を行いました。

 

初めてのマラソン!挑戦した理由は?

リックhttp://www.teamhoyt.com/About-Team-Hoyt.html

1977年の春、リックは学校の生徒で、事故で全身まひになったラクロス選手のためにチャリティーマラソンに出たい!と言い出しました。

障害があっても人生は続いていることを証明したかったのです。

その熱意におされて、父親のディックは車いすを押してリックと走ることを決意しました。

 

最後から2番目ではありましたが、5マイル(約8㎞)を走り切りました。

このマラソンの夜、リックは父に「お父さん、私が走っているとき初めて障がい者だと忘れられた」と言い、父と一緒にトレーニングに励むようになります。

 

ディックは、リックが学校に行っているときには、毎日車いすにセメント袋を積んで走り込みました。

このときディックは36歳。息子のためとはいえ、なかなかできることではありませんよね。

 

 

1984年のボストンマラソンでは、2時間53分20秒で完走。

この記録は一位に43分と迫る好記録でした。

これによりチーム・ホイトの活躍は注目されるようになります。

 

トライアスロンに挑戦

マラソンhttps://www.masslive.com/living/2018/04/team_hoyt_rick_hoyt_stays_in_the_running_for_the_2018_boston_marathon_viewpoint.html

1989年には、トライアスロンの最高峰・アイアンマンレースに2人で出ることが認められました。

 

トライアスロンのスイム(水泳)では、ディックの体にロープをくくりつけてボートに座っていくリックを引っ張ります。

バイク(自転車)では、リックは特別に設計されたバイクの前方に乗ります。

ラン(マラソン)では、車いすを押して走ります。

 

14時間26分4秒で完走しました。

アイアンマンレースで、17時間の制限時間内に完走すると「アイアンマン」の称号を受けられるので、かなりすごいタイムだということがわかります。

(2008年にアイアンマンの殿堂入り)

 

1992年、2人は全米を走り回り、45日間で3735マイルを完走。

ディックは、1995年に空軍大佐から大佐を引退しました。

 

 

2013年、ディックとリックの最後のボストンマラソンとなる予定でした。

しかし、2つの爆弾がフィニッシュラインの近くで爆​​発したとき、2人はそこから約1マイルの距離にいてゴールできませんでした。そのままレースは中止となりました。

 

2014年4月21日、ディックが73歳、リックが52歳のとき2014年ボストンマラソンを完走。

これを最後に37年間続けた競技生活から引退しました。

 

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トライアスロン親子は映画化にも

2014年に日本で公開されたフランス映画「グレート デイズ!~夢に挑んだ父と子~」は、親子の実話をもとにインスパイアされて制作された映画です。

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リックとディック親子の現在は?

2016年3月の時点で、6回のアイアンマントライアスロンを含む250回近くのトライアスロン、合計で1130回のマラソンレースに参加しています。

 

現在、父親のディックは、1940年生まれで79歳。

リックは、1962年生まれで58歳です。

 

2018年、リックは肺炎を患い、3カ月入院しました。

38年ぶりにレースは欠場したようです。

 

2014年の引退後も、まだまだレースには出場しているみたいですね。

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