柳生博の妻・二階堂有希子は認知症!2人のプロフィール、なれそめ、長男の死、石のお墓も

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柳生博 テレビ

こんにちは、ももあぼです。

 

爆報!THEフライデー【あの人は今…禁断の初告白!人生激変2時間SP】

 

柳生博が家族の秘密をテレビ初激白

▼妻が認知症に…八ヶ岳倶楽部から姿を消していた…一体彼女に何が?

▼誰も知らない夫婦の物語が…そして密かにある驚きのものを作っていた!

https://tv.yahoo.co.jp/listings/23/?&st=19&s=1&va=6&vb=1&vc=0&vd=0&ve=1&d=20180929

と、いうことで

柳生さんと奥さんに何があったのか、

奥さんの認知症のことについて

爆報THEフライデーをまとめてみました。

柳生博プロフィール

柳生 博(やぎゅう ひろし)さんは、司会者、タレント、俳優、声優、団体役員。

日本野鳥の会会長やコウノトリファンクラブ会長も務める。

柳生博

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180928-00000171-sph-ent

 

生年月日:1937年1月7日

出身地:茨城県[1]稲敷郡舟島村(現在の阿見町)

学歴:茨城県立土浦第一高等学校卒業

東京商船大学(現在の東京海洋大学)中退。

身長:175cm

 

1976年、家族で山梨県八ヶ岳に移住。

2000坪の雑木林を、自らの手できれいな森につくりあげました。

 

妻は、元女優の二階堂有希子さん。

 

二階堂有希子のプロフィール

二階堂 有希子(にかいどう ゆきこ)さんは、女優・声優です。

 

本名:柳生 加津子

生年月日:1940年10月27日(77歳)

出身地:東京都

 

二階堂有希子とのなれそめ

1959年、2人は劇団俳優座の養成所で知り合います。

 

柳生さんは、一目惚れし

「命がけで口説いた」と言うほど

積極的にアタックし、交際が始まります。

 

しかし、新人の柳生さんには、仕事がありませんでした。

反対に、二階堂さんは、女優デビュー後すぐに大ブレイク。

彼女の収入で食べさせてもらう生活が続きました。

 

柳生さんは30代まで全く売れず、役者バカのひも俳優。

それでも

「あなたなら、きっと大丈夫よ。私はあなたの才能を信じてるから」

才能を信じ支え続けました。

 

1966年結婚。

妻になった二階堂さんは、さらに活躍の場を広げ

「ルパン三世」峰不二子(初代)の声優、

グレース・ケリーやオードリー・ヘプバーンの吹き替え

声優としても人気になりました。

 

結婚から2年後、長男・真吾さんを授かります。

 

妻のサポートもあり、柳生さんも俳優としての頭角を現していきます。

1972年「飛び出せ!青春」では、教師役を熱演。

これをきっかけに、名脇役に。

 

「100万円クイズハンター」の司会や

「生き物地球紀行」のナレーションを務めるなど

タレントとしても大ブレイク。

おしどり夫婦としてテレビで共演したことも。

 

次男・宗助さんがうまれると、有希子さんは芸能界を引退します。

八ヶ岳倶楽部

「八ヶ岳のふもとに2000坪の土地を買って暮らしたい。」

 

のちに柳生の森となる土地の購入話に

妻・有希子さんは猛反対。

 

「本当にそんな土地が必要なの?」

「好きにすれば」

 

1976年、妻の大反対を押し切り

八ヶ岳に2000坪の森を購入。

 

毎日のように東京から通い、土地を耕す。

 

田舎で暮らしたかったのには

柳生博の子供であることを理由に

息子達がイジメの対象になってしまっていたことや

 

また、

「何のために、こんなに毎日働いてるんだ」

年間800本以上の多忙な仕事に疲れ

辛い現実から逃げ出せる場所がほしかったのだとか。

 

「ねぇそろそろお茶がほしいんでしょ」

「休憩したら、私も手伝うから。」

 

柳生の想いを受け入れてくれた、妻・有希子さん。

こうして、夫婦の森づくりが始まりました。

 

荒れ果てた森を購入して10年。

妻は、柳生の森をただ現実から逃げる場所にはさせませんでした。

 

「せっかくだからいろんな人に、あなたの森で癒されてもらって

来た人にお茶とか何か出せる場所を作りましょうよ」

 

1989年八ヶ岳倶楽部オープン

名物のフルーツティー、工芸品は妻のアイデアから生まれました。

 

 

妻・二階堂有希子が重度の認知症

俺と死ぬまで何やりたい?と聞くが、有希子さんにはわかりません。

 

2013年

「パパ、明日伊達さんと会う日よね?」

「違うよ、それは、明後日だよ」

「間違えちゃった」

しかし、その数分後

「パパ、明日伊達さんと会う日よね?」

認知症発症

 

最初は物忘れ程度だったのですが

翌年、急激に悪化。

 

そのきっかけは、2014年、長男・真吾さんからの告白でした。

 

「実はね、喉にがんができちゃって」

長男の咽頭がん発症。

 

妻にとって真吾さんは、夫婦で苦労を重ね生まれた息子。

有希子さんは、ショックでふさぎ込むようになりました。

闘病生活

認知症が原因でパニック状態

 

柳生さんの姿が見えなくなると

パニックを引き起こすようになりました。

 

謎の行動は、柳生さんの姿が見えなくなる度、連日続きました。

 

解離性健忘(かいりせいけんぼう)併発

息子から、がんを知らされた数日後。

息子の今後を話そうとすると

 

「パパ、私、ねむくなっちゃった」

大事な息子の話し合いに関心を示さなくなりました。

 

入院する長男をお見舞いに来ていても

「ねぇ、もう帰ろう」

一切真吾さんに関心を示さなくなりました。

 

「亡くなる寸前から真吾さんを頭の中から排除した

まるで、魔術を使ってパッと消したように。」

 

2015年真吾さん死去。47歳でした。

 

解離性健忘

非常に強いストレスやトラウマがきっかけで

過去の出来事を思い出せなくなる障害のこと。

 

認知症と解離性健忘の同時発症。

 

認知症の方は、非常にショックを受けやすいそうで、

有希子さんは、息子の事が認知症によって

より大きなショックを感じてしまって

解離性健忘を誘発した可能性があるのだそう。

 

認知症や愛息子の死によって

有希子さんの心は限界を超え、ボロボロになってしまいました。

 

妻は今どこにいるのか?

有希子さんは、今、特別養護老人ホームに入っています

 

2年前、

柳生さんがどうしても空けられない仕事で

自宅を空けた日の深夜のこと。

 

柳生さんを探そうと家から飛び出し

転んで顔面が血だらけになっていました。

 

この一件により、家族会議、知り合いの医師に相談。

 

認知症は、環境を変えると症状が軽減されることもあると言われ

2016年 特別養護老人ホームに入所。

 

しかし、柳生さんは、親しい友人にも

妻の病気のことも

柳生の森にいないことも隠してきました。

 

有希子さんの認知症は

ごく一部の人しか知らず、ウソを重ねる生活をしてきました。

 

柳生さんは、車で30分かけ、週に2~3回

妻の施設に通う生活をしています。

 

毎回、大好物のバナナを買って持っていきます。

2人のためのお墓

柳生博

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180927-00000130-spnannex-ent.view-000

八ヶ岳倶楽部にある、大きな石を墓石にしました。

 

40年前、夫婦で森を作り始めた頃

苦労して地中から堀り起こした、2人にとって森づくりの象徴。

 

「この大きな石を、私たちのお墓の石にしない?」

「いいアイデアだね」

この石を2人墓石にする約束。

 

今、その石の下には、3年半前に死んだ長男が眠っています。

「ここに来るとね、(息子に会えて)楽しくてね」

「話してよかった、心が晴れたよ。」

 

全てを話したことで、

もうウソをつかなくてもいいという晴れやかな気持ちに。

「ヒモ時代から感謝してる
ママ、大好きだね。」

 

ラブレターには、
「天空の墓地 パパとママ 一緒に入ろうね 2015年春」

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